第四章 《瑠璃光姫》①
「あのなぁお前ら……特に鷹宮。そういうことする気なら事前に言っとけよ」
いきなり事情を聞かされ、2組の担任である新堂教諭が渋るのに対し、
「そ、その、新堂先生。ここは生徒たちの自主性を重んじてあげてもいいかと……」
1組の担任――二十代半ばほどの谷口女教諭がおずおずと宥めて。
かくして、翔子と鷹宮は教師陣の了承のもと、《霊賭戦》を行うことになった。
渋々といった顔の新堂教諭が中央に立ち、翔子と鷹宮が十メートルほど離れた位置で向かい合っている。周囲には八十名ほどの生徒たちが陣取っていた。
興奮と緊張が空気を満たす中、遂に新堂教諭が厳かな声を上げる。
「――では、これより《霊賭戦》を行う! 双方名乗りを!」
「1年1組所属。六大家――鷹宮家三男・鷹宮修司!」
と名乗り、鷹宮は右腕を振るった。直後、銀霊布が顕現して右腕に絡みつき、前腕部と二の腕を覆う蒼い甲冑に変わる。手に握るのは一振りの刀だ。
「1年2組所属。六大家――御門家長女・御門翔子!」
翔子もまた名乗りを上げて右腕を振るう。鷹宮と同じく顕現した銀霊布は彼女の右腕に絡みつき、腕を完全に覆う白銀色の甲冑と化した。手には十字槍を携えている。
「へえ、凄げえな、御門の姫さん。右腕を完全に覆ってんぞ」「……名家同士か。気に食わないわね」「なっなっ、お前さ、どっちが勝つと思う?」
と、観戦を決め込んだ生徒たちから次々と声が上がり、俄然騒がしくなってきた。
そんな中、舞台の主役である二人は、無言のまま互いの間合いを計っていた。
あまりの緊迫感に、周囲の声も徐々に小さくなり、そして……。
――ドンッ!
いきなり鷹宮が人工芝に刀の腹を叩きつけた! 強化された膂力によって、ごっそりと抉り取られた土塊は、散弾の如く翔子に降りかかる!
翔子は咄嗟に右へ大きく跳び退き、土塊をかわした――その刹那、
――ギィン!
響く剣戟音。今のわずかな隙に鷹宮が一気に間合いを詰めたのだ。刀身と十字槍の柄がギリギリと鍔迫り合う。そしてガツンと互いに武器を払うと、間合いを取り直そうとする翔子に対し、鷹宮が猛攻をたたみ掛ける!
――袈裟切り。逆袈裟。横一文字。
閃光の三連撃! それを翔子は険しい顔で槍の柄を素早く動かし凌いだ。
しかし、鷹宮の連撃は止まらない。息もつかせぬ乱撃はさらに続く。
ウオオオッ、と興奮気味に生徒達は声を上げた。
そんな中、
「……ふむ。悠樹よ。同じ剣士として鷹宮の腕をどう見る?」
防戦一方となった翔子の姿を見据えながら、由良がふと尋ねる。
が、その問いかけに対し、悠樹は渋面を浮かべた。
「いやいや、僕の戦い方のどこが剣士なのさ。基本的に素手じゃないか」
完全顕現時の悠樹が扱う戦闘方法は、極めて豪快なものだった。
基本的には『打つ』『投げる』『極める』の三種のみ。後は『吐く』だけだ。
尋常ではない体格を持つ《魔皇》の獣殻に最も相応しい闘法ということで由良が勧め、実際に技をかけながら悠樹に叩きこんだのである。
「それでも部分顕現の時は剣を使う予定なのじゃろう?」
「うん。まあ、僕の家系的には斧でもいいんだけど、そこは無難にね」
そう返しつつ、悠樹は鷹宮の猛攻に視線を向けて分析する。
「……そうだね。剣士として見るのなら、かなり強いし、何より戦術が巧いよ。徹底して御門さんに槍の間合いを取らせない。堅実な戦法だ。見習いたいよ。けど……」
そこで一拍置いて、躊躇いがちに呟く。
「ちょっと僕、鷹宮君のことを誤解していたかも……」
「……? どう言う意味じゃ?」
由良の問いかけに対し、悠樹は少し気まずげな様子を見せて頬をかいた。
「鷹宮君さ、あれだけの乱撃でも御門さんの顔だけは狙ってないんだよ。しかも本気の一撃だけはわざわざ峰を使っている。対戦相手にこそ御門さんを選んだけど、最初から傷つけるつもりはなかったんだ」
その言葉に、由良は渋面を浮かべた。
「やれやれ。そなたも鷹宮もあの小娘には甘いの。しかし、それは失策ぞ」
「……失策って?」
「あの小娘を侮りすぎじゃ。あれは手を抜けるような相手ではない。たとえそなたであってもな。見よ。あの小娘がいよいよ本領を発揮するぞ」
「……本領?」
悠樹が首を傾げて由良の横顔に目をやった――その時。
「――え? お、おい! マジか! 誰か今の見たか!」
不意に近くにいた生徒の一人が驚愕の声を上げた。
続けて、あちこちで「う、うそだろ?」「……私見たよ。多分、さっきの一秒もかかってない」などと、他の生徒たちもざわめき始める。悠樹は眉根を寄せた。どうやら自分が目を離した一瞬に驚くような事があったらしい。
(……? 一体、何が……)
悠樹は視線を主役の二人に戻し、
「――――え」
目の前の光景に、彼もまた驚きの声を上げた。
――ギイィン!
金属音と共に刀を弾かれ、鷹宮は大きく後退する。
そして思わず我が目を疑った。
今、彼の刀を弾いたのは槍ではない。十字型の短剣だったのだ。
(武器が変わっている? ――いや違う!)
鷹宮はハッとして息を呑んだ。
翔子が右手に握る十字型の刃。それは短剣などではなかった。
十字槍の柄が極端に短くなった姿だった。彼女は鷹宮が認識できないほどの速さで柄の長さを縮めたのである。
「く、くッ!」
間合いを取り直しつつ、改めて鷹宮は驚愕する。
刀を握る手の力も緊張で強くなった。
確かに獣殻の甲冑とは違い、武具の方は変幻自在。契約者の意志で自由に形状を変えることが出来る。その気になれば槍を斧や剣に変えることも可能だ。
しかし、どんな些細な変化でも、普通は十数秒の時間はかかってしまうものだ。
それを柄限定とはいえ、彼女は刹那に行ったのである。
(……何て霊感応だ……。くッ、侮っていたか……)
内心の動揺を隠せない鷹宮。額から流れる汗は、緊張や疲労からだけではない。
小柄な少女に異怖さえ感じて、鷹宮は表情を強張らせていく。
よもや、これほどの才能を持っていようとは――。
が、呑気に動揺もしていられない。すかさず翔子が攻勢に出てきたからだ。
そして形勢は一気に逆転した。
今度は翔子が鷹宮に刀の間合いを取らせず、短剣の間合いで連撃を繰り出す。
絶えず鳴り響く剣戟音。鷹宮の顔にはどんどん焦りが浮かび、翔子の艶やかな黒髪は十字槍の刃が振るわれる度に大きく揺れた。
「――くそッ!」
どうにか猛攻を凌ぎながら、鷹宮は舌打ちする。
本来、翔子が得意とする得物は槍だ。短剣は不得手のはず。
だというのに、本領ではない武器とは思えないほど洗練された連撃である。
明らかな劣勢に鷹宮は渋面を浮かべた。武の力量においても、彼女の実力は想像を大きく超えていた。そして剣戟は一向に衰えない。
(――くッ! 速いッ! 何とか間合いを―――なッ!)
鷹宮の双眸が大きく見開かれる。唐突に、翔子が後方に跳んだのだ。
そして十字槍の穂先を鷹宮に向けて構えていた。
牽制のつもりなのか。しかし、短剣が届くような距離ではないのだが……。
そこで鷹宮はハッとする。
(ま、まさか!)
と、青ざめて横に跳躍しようとするが、もう遅い。
――ズドンッ!
人中に直撃した強い衝撃に、鷹宮は抵抗さえ出来ず弾き飛ばされた! 二回三回と地を転がりようやく勢いが止まる。鷹宮は咳き込みながらも体勢を立て直した。
幸いにも霊塵のおかげで負傷はしなかったが、衝撃によるダメージは大きい。
(くそッ……迂闊だった)
胸板の痛みを強引に抑え込んで、鷹宮は眼前の少女を睨みつける。
(縮められるのなら、伸ばすことだって可能という訳か……)
鷹宮は眼前の少女を睨みつける。
五メートルほど離れた彼女の持つ十字槍は、再び槍のサイズに戻っていた。
翔子はあの一瞬に柄の長さを元に戻し、穂先を弾丸のように撃ち出したのだ。回避できるはずもない。そしてこの有利な状況でも彼女には油断はなく、静かに槍を構えていた。
(……強い。これが御門家の《瑠璃光姫》か)
鷹宮の喉が無意識の内に鳴った。




