第三章 蒼と銀の《霊賭戦》④
(……《霊賭戦》?)
聞き慣れない名称に悠樹は眉根を寄せた。
……ざわざわ、と。
ふと気付くと、悠樹たちの騒ぎを嗅ぎつけて多くの生徒たちが集まってきていた。
しかし、野次馬のような彼らも初めて聞く名称に首を傾げているようだった。
ただ、その中でも、月森や玉城を含む数名の生徒たちと、由良と翔子だけは違う反応を見せていた。彼らは揃って少し緊迫した表情で鷹宮に注目していたのだ。
「……ねえ、由良。《霊賭戦》って初めて聞くけど何なの?」
悠樹は由良に尋ねてみた。様子からして彼女は知っていそうだったからだ。
すると、由良は少し表情を緩めて「う~む……」と唸り、
「悠樹が知らぬのも無理はないか。今時、《霊賭戦》を知っておるのは六大家の直系の者か、熟練の鬼狩りぐらいじゃからな」
そう前置きしてから、彼女は告げる。
「《霊賭戦》とはな、鬼狩り同士が己の契約霊獣を賭けて戦う試合なのじゃ」
由良の言葉に悠樹を含めた周りの生徒たちが目を剥き、さらにざわめきが広がる。
「数十年前までは『優れた鬼狩りにはより強い契約霊獣を』という考えで六大家の立ち合いのもと、行われておったそうじゃ。しかし、鬼狩りが山ほどおった時代ならいざしらず、年々減少しておる今となっては、もうほとんど廃れとる催しじゃな」
「……うん。その通りだよ。博識だね。鳳さん」
由良の台詞に続いて鷹宮が言う。そんな鷹宮に翔子は首を傾げて尋ねた。
「何故、私とあなたが《霊賭戦》をしなければならないのでしょうか?」
もっともな問いかけに、鷹宮は堂々とした様子で頷き、
「翔子さん。君は生徒手帳をすべて読んだかい?」
「……ええ。一通り目は通していますが」
「じゃあ君は気付いたかな? この学園の校則に『私闘の禁止』がないことに」
「え……?」驚く翔子に対し、鷹宮は視線を後ろにいる小柄な少年へと向けた。
そして困惑する彼女に、小柄な少年――神楽崎が詳細を伝える。
「えっと、初めまして御門さん。ボク、神楽崎といいます。ええっとね。ボク初日の日、暇つぶしに生徒手帳を読み耽っていたんだけど、その時、校則の中に『私闘』に関する記載が全然ないことに気付いたんだ」
神楽崎の台詞を、鷹宮が厳かな口調で継ぐ。
「これだけの武闘派が集まる学園で私闘が禁止されていない。これは理事会が、むしろ私闘を推奨しているってことじゃないかって僕たちは思ったのさ」
二人の説明に、翔子は思わず眉をひそめた。
(……それはありえそうですね)
現代では軽率な鬼狩りも多いが、そもそも弱体化そのものがかなり深刻だった。
だからこそ、この学園で表でも裏でも競い合わせ、より強力な鬼狩りを育てたいと考えているのかもしれない。六大家が関わるのなら祖父もそれに賛同したのだろう。
(ですが、お爺さま。それではまるで蟲毒です)
毒虫を殺し合わせて最強の一匹だけが生き残る。
そんな印象を抱いて、翔子は少しだけ険しい視線で鷹宮を見据えた。
「……では、あなたは理事会の思惑に従うつもりなのですか」
神妙な声で問いかける翔子に、意外にも鷹宮は首を横に振った。
「違うよ。逆だ。僕は私闘を抑制するために、あえて《霊賭戦》を持ち出したんだ」
「……? どういうことでしょうか?」
さらに眉をひそめる翔子に、肩をすくめて鷹宮は答える。
「人がルールに従うのは罰があるからだ。例えば、学生同士で『私闘の禁止』を約束してもさほど意味がない。破っても罰則はないからね。学生に同じ学生を裁く権利はない」
「…………」
「だからこその《霊賭戦》だ。今後、校内での私闘は《霊賭戦》で行う。罰の代わりに負けたら霊獣を失うリスクを背負わすんだ。リスクがあれば私闘を行う人間も少なくなると思うんだ」
「……なるほど。ようやくあなたの意図が見えてきました」
翔子は改めて鷹宮の顔を見据えた。
「要は今後のために、六大家の者である私とあなたで、《霊賭戦》のエキシビションマッチをここで行うということなのですね」
鷹宮は、我が意を得たりとばかりに両腕を広げる。
「その通りさ。どうかな、翔子さん。勿論今回に限り契約霊獣は賭けない。あくまでここにいる皆に手本を見せることが目的だ」
翔子は少し考えた。確かに鷹宮の提案は効果的かもしれない。
(《霊賭戦》を私闘の抑止力にする彼の考えは理に適っています。それに、六大家はむしろ生徒たちがどう考えて動くかを見るつもりなのかもしれません)
だとしたら、生徒会長の自分が率先して動くべきだ。
それに周囲の雰囲気が、早く《霊賭戦》を見せてくれと暗に語っていた。
やはりここは受けるべきだろう。そう判断し、翔子が了承しようとしたその時、
「ちょっと待ってよ」不意に声が割り込んできた。
それは、今までずっと沈黙していた悠樹の声だった。
「あのさ、ええっと、鷹宮君だったよね。一つ訊きたいんだけど、いい?」
「別に構わないが、ところで君は……?」
「あ、ごめん。僕の名前は四遠悠樹。御門さんのクラスメイトだよ」
そう名乗ってから、悠樹は問う。
「この《霊賭戦》なんだけど、どうして相手に御門さんを選んだの?」
「……? それは同じ六大家だから……」
鷹宮の回答に、悠樹が少しムッとした表情を見せる。
「六大家とかはどうでもいいよ。その《霊賭戦》って当然獣殻を使うんだよね?」
「あ、ああ、公平な立会人のもと、互いに名乗り合ってから相手が敗北を認めるまで獣殻を纏って戦う。それが《霊賭戦》だよ……」
悠樹の険悪な雰囲気に気圧されながら、鷹宮がそう答えた。
すると、悠樹はますますもって不機嫌になる。
「……あのさ。『霊塵』の防御って完璧なんかじゃないんだよ。知ってるよね?」
ぼそりと呟く。
悠樹の言う霊塵とは鬼狩りの周囲を塵のように舞う霊的粒子のことだ。
獣殻から常時放出される不可視のそれらは薄い積層を作り、攻撃や衝撃を緩和してくれるのである。とは言え、本質的には気休め程度の緩衝材に過ぎないので、強力な一撃の前ではあっさりと突破されることも多々ある能力だった。
「はっきり言って、獣殻の刃なら貫く可能性は充分にあるんだ。確かに御門さんは実力者だ。けど、六大家の君なら気付いているでしょう? この学園には御門さんよりもずっと戦闘経験が豊富な鬼狩りだっていることにはさ。わざわざ御門さんを選ぶ必要なんて――」
「あ、あの、悠樹さん……?」
悠樹の剣幕に、翔子がおずおずとした声を上げる。その表情は少し困惑していた。
対し、悠樹は視線だけを翔子に向けて告げる。
「ごめん。御門さんは少し黙ってて。いま僕は鷹宮君と話を――って痛ッ! 痛いよ由良!」
「そなたはアホか! ちょっとこっちに来い!」
いきなり悠樹の耳を引っ張った由良は、そのまま歩き出した。少女の迫力の前に周りに集まっていた生徒達が慌てて道を開けた。そして呆然とする翔子達をよそに、少し離れた場所まで少年を連れて行くと、由良は小声で怒鳴りつけた。
「(もう一度言うぞ! そなたはアホか! どうして小娘を庇っておるのじゃ!)」
「(だ、だって、御門さんは女の子なんだよ! ザックさんとか他にも実力者は沢山いるのに、もし顔に傷でも残ったら……)」
「(たわけが! あやつも鬼狩りぞ! その程度の覚悟はとうに出来とるわ! そもそもそなた、なぜ急にあの小娘に対して庇護欲が全開になっとるんじゃ!)」
「(……うッ、そ、それは……)」
「(……そなた、やはりあの小娘と何かイベントがあったな。それも思わずあの小娘の力になってやりたくなるような……)」
由良は悠樹の胸ぐらを両手で掴み、キスさえ出来る距離までその顔を引き寄せる。
彼女の紫水晶の瞳は、魔眼の如き光を放っていた。
悠樹は思わず喉を鳴らして、
「(ごめん! その通りです! 昨日ちょっと不意打ちであの子の泣き顔を見ちゃいました! 出来れば御門さんに危ない目に遭って欲しくないって思ってます!)」
あっさりと心情を白状した。由良は「チィ!」と舌打ちする。
「(やはりそうか! あの小娘め! 涙とはあざとい手を! どうりでいきなりそなたが小娘をチームに入れたいなどと言い出す訳じゃ!)」
そう吐き捨て、額までぶつけてくる由良に、悠樹は委縮しつつも反論する。
「(い、いや、御門さんは悪くないよ。むしろ僕が不意打ちしたようなものだし)」
「(また訳が分からんことを。このフラグメイカーめ。何が不意打ちじゃ)」
その反論は火に油を注いだだけなのか、由良の瞳がさらに剣呑な光を放つ。
襟を掴む手の力も自然と強くなった。
悠樹の顔色がさらに青ざめるのを無視して、由良は淡々と問いかける。
「(……のう、悠樹よ。率直に問うぞ。妾たちの目的はなんじゃ?)」
「(うッ、し、神槍の奪取……です)」
「(その通りじゃ。そして、あの小娘は目下最大のライバルじゃ。この《霊賭戦》はあの《瑠璃光姫》の手の内を知る絶好の機会でもあるのじゃぞ)」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない悠樹だった。
そこで由良は悠樹の襟から手を離し、少し表情を改めて言葉を続けた。
「(……悠樹。そなたの優しさは美徳じゃ。妾もそなたの優しさに救われた。しかし、かといって目的を見失ってはいかんのじゃ)」
「(…………)」
「(そなたのような優しい男に、常に非情に徹しろなどとは言わん。しかし、時には耐えることも必要じゃと憶えておくのじゃ)」
そう告げる由良の眼差しは先程までとは違い、とても優しいものだった。
だからこそ、彼女の想いは悠樹の心に深く突き刺さる。
悠樹は反省し、視線を落として告げた。
「(……分かったよ。由良ごめん。僕の覚悟が足りてなかった)」
「(謝らんでもよい。まあ、昨日何があったのかは後で絶対に聞かせてもらうがの)」
「(……は、はい。了解です……)」
悠樹の返事に、由良はにこやかな笑みを浮かべ、会話を終えた。
そして、再び悠樹の耳を引っ張りながら、翔子達の元に戻る。
「どうもまたせたの。アホの教育はもう済んだ。話を続けるがよい」
「アホは酷いよ、由良ぁ……」
と、悠樹は嘆くが、すぐに気持ちを改めると、
「……鷹宮君。さっきはごめん。少しテンパってたんだ」
「あ、ああ、別に構わないさ」
鷹宮の返事に頭を下げる悠樹。続けて翔子に視線を向け、
「御門さん。この《霊賭戦》……やっぱり受けるの?」
「え、あ、はい。そうですね。周りの人たちもそれを望んでいるようですし」
「……そっか。だったら一つだけいいかな?」
小首を傾げる翔子に、悠樹は告げる。
「これは要するに練習試合なんだ。だから、危ないとか、怪我をするとか思ったらすぐに棄権すること。絶対無理しちゃダメだからね」
「……悠樹さん」
翔子はふっと瑠璃色の瞳を細めて、友人になったばかりの少年の名を呟いた。
どうやら自分の初めての友人は本当に優しい人間であるらしい。本気で心配してくれていることが言葉だけではなく、心からも伝わってくる。
それはとても嬉しく思う。けれど、先日の時もそうだったが、この少年は友人に対して少しばかり過保護すぎるような気もして内心では苦笑も零してしまう。
(まあ、いきなり泣いているところを見られては、それも仕方がありませんか)
ともあれ、翔子は表情を引き締め直した。
この優しい友人に、これ以上いらぬ心配をかけるのは本意ではない。
「……はい。決して無理は致しません。お約束しましょう」
と、悠樹を安心させるための言葉を告げた後、
「ですが悠樹さん。確かにあなたには随分と情けない姿をお見せしている私ですが、これでも戦闘には自信があります。ですから――」
凛々しい顔つきで翔子は、友人に対して宣言する。
「これから、少しだけマシな私の姿をあなたにお見せしましょう」




