第三章 蒼と銀の《霊賭戦》③
(子を残すことは鬼狩りの義務とも言える)
そして翌日の四時限目。
校庭の地下に建設された大錬技場。四方を円筒状のコンクリート壁で囲い、グラウンドには真新しい人工芝を敷きつめたその場所で、由良は無表情で腕を組んでいた。
(悠樹には返品とは言ったが、もし悠樹が望むのならそれもやむなしとも思っておった。本音を言えば不本意ではあるが、なにせ、今の妾たちは明日も知れぬ立場じゃ。より一層、子は残すべきじゃろう。しかし……)
少しだけ頬を膨らませる。
(その相手はまず妾からじゃろうが。まず妾を確と愛さんか。まったく。やるべきこともせずに勝手に別のフラグを建てるな。悠樹の奴め)
改めて思う。
自分の愛する少年は、やはり人たらしなのだと。
「……お初にお目にかかる。妾は鳳由良という」
ともあれ、由良は淡々とした声で目の前の少女に名乗った。
それに対して、
「こちらこそお初にお目にかかります。御門翔子です。鳳さんのことは悠樹さんからお聞きしています。とても優れた鬼狩りだと」
御門翔子はそう返してきた。
「……ほほう、そうか」由良は双眸を細める。「しかし悠樹さんとはの。出会ってまだ二週間。それに会話したのは昨日が初めてと聞いておるが随分と親しげじゃのう」
「それほどでも。それに名前については、悠樹さんご自身がそう呼んでもいいと仰ってくれましたので。何か問題がありますか?」
「……いや。そうか。悠樹自身がそう言いおったか」
「ええ。名前で呼び合うのは親しい友人同士の証と聞きますから。そう考えれば、悠樹さんの方は私のことを名で呼んで下さらないのは少々不本意ではあります」
「……そうか」
思わず表情を消して、由良はさらに不機嫌になった。
(出会ってすぐに名前で呼んで欲しいとは、なんとも図々しい小娘じゃな。妾でさえとんでもない醜態を晒してからじゃったのに……)
「……鳳さん? どうか致しましたか?」
「いや、何でもない。ふっふっふ」
「……そうですか」
と、何やら不穏な空気を撒き散らして、微笑みを浮かべる少女たち。
そんな光景を、悠樹は少し離れた位置で見つめていた。
(いや。これはちょっと)
これは想像以上に険悪な雰囲気だった。由良の不機嫌ぶりがよく伝わってくる。
(やっぱり、由良と相談もせずに御門さんと友達になったのはまずかったのかな)
今更そんなことも思うが、それはもう仕方のないことだった。
すると、その時、
「いやあ、お前さんも大変だな!」
ガハハッと豪快な笑い声を上げて、巨漢の生徒が近付いてきた。悠樹の友人であり、クラス内では『朽ちた高校生』の異名で呼ばれる玉城だ。
「あ、ザックさん。いや、まあ、確かに今は大変っぽいけど……」
悠樹はふと、黒を基調にしたラバースーツで全身を覆う玉城を見やり、
「……恐ろしく似合ってないね。その学園指定の訓練服」
身も蓋もない悠樹の台詞に、玉城は再度ガハハッと笑うと、
「そりゃあ、そもそも十代用のデザインなんだぞ。似合わねえのも当然さ。それより重要なのはあっちの方じゃねえか」
そう言って悠樹の肩に右手をまわし、空いた左手で由良たちを指差した。
「……うん。確かにもう少し仲よくして欲しいかな――」
「馬鹿野郎。そうじゃねえよ。白い姫さんたちの格好をよく見てみやがれ」
「……? 由良たちの格好?」
玉城に指示されて、悠樹は由良たちの姿を凝視してみた。
悠樹たちと同様に、彼女たちもまた学園指定の黒い訓練服を着ていた。
近未来的な印象のこの服にはセンサーが仕込んであり、動きを後で確認できるそうだ。部分的にプロテクターもあり、衝撃にも強い素材だとも聞いている。最新技術をふんだんに織り込んだこれは、全身に密着するレギンスにも似た服であり――。
「めっさエロくないか?」
玉城は真顔でそう言った。悠樹はキョトンとした顔をしてから、
「――え? ザックさん!? なに言ってるの!?」
流石に声を上げた。一方、玉城はあごをさすりながら、
「いやはや、まさかのぴっちりスーツとは。しかし、当たり前のように情報機器の支給に、モーションログを記憶するスーツか。鬼狩りの世界もDXの時代だな」
しみじみした様子でそう呟きつつ、
「まあ、それはともかく。御門の姫さんのあの細くてしなやかな脚線美に、白い姫さんの抜群の張りと柔らかさが共存していることは疑いようもねぇ大きなおっぱい。俺はあれを見れただけでも、禁煙してまでここに入学した価値があると思うぞ」
「い、いや。この服の開発者が泣くよ? 完全にセクハラだし。口にしたらヤバい台詞だよ。何しにこの学園に来たのか忘れてない?」
悠樹の言葉にも、玉城はにやけた笑みを浮かべるだけでまるで動じない。
冗談なのか、本気なのか、全く読めない年上の友人だった。
すると、そこに、
「……? 悠樹? そなた何の話をしておるのじゃ?」
「え、あ、ゆ、由良……ッ!」
いつの間にか、由良と翔子が彼のすぐ傍にまで寄って来ていた。
反射的に悠樹の顔が強張った。
今のセクハラ丸出しの会話を聞かれていては最悪だ。
「ザ、ザックさん。ちょっとマズい………えっ」
と、玉城に声を掛けたのだが、これまたいつの間にか、横にいたはずの玉城が消えていた。探すと十メートル先ぐらいで「じゃあ後でな~」と手を振る玉城がいた。
「一瞬でそこまで逃げたの!? どうやったのさ!?」
悠樹は驚愕する。全く動きに気付けなかった。まさかこんなところで歴戦の猛者の技を拝見することになるとは思わなかった。
一方、そんな悠樹の様子に、由良は小首を傾げ、
「なんじゃ? 玉城と何か話でもしとったのか?」
「えっ、あ、う、うん。まあ、世間話をね」
悠樹はとりあえず誤魔化した。
「……? そうか?」由良は少し眉根を寄せるが、
「まあ、よいか。それより悠樹。この小娘との挨拶は終わったぞ」
「……いえ。流石に同い年のあなたに、小娘と呼ばれる筋合いはないのですが」
由良の実年齢を知らない翔子がそう異論をはさむ。
すると、由良は憐れむような表情を浮かべながら、自分の腹部に両手をまわし、
「ふふんっ。その貧相な身体では、小娘呼ばわりされても仕方がないと思うがの」
――たゆんっ。
と、豊かな胸を揺らしてそう告げた。流石に翔子の額にも青筋が立った。
「……言ってくれましたね。それは宣戦布告と受け取ってもよろしいのでしょうか」
「うむ。勿論じゃとも。そなたはあらゆる意味で妾の敵じゃ。神槍を望む鬼狩りとしても。そして何よりも一人の『女』としてもな」
「……ああ、なるほど」少しだけ翔子は表情を緩和させた。
「先程から随分と攻撃的だったのはそういう訳だったのですか」
ようやく得心がいく。
由良の攻撃的な態度は感じ取っていたが、その理由を把握しかねていたのだ。
神槍の一件が要因かと思っていたが、他の生徒たちに比べて由良の敵意は質が違うような気がしていた。疑問に思っていたのだが、どうやら話はもっと単純なものだったようだ。
(これは完全に邪推ですね)
思わず苦笑を浮かべてしまう。自分にとって彼は友人だというのに。
とは言え、心情を知ったとしても、敵対してくる相手を気遣うつもりもなかった。
ここで侮られるようでは御門家の権威に関わるからだ。
「私も女性ですから、あなたの気持ちも分からなくもありません。ですが、安直な敵愾心に任せた行いは控えるべきですね」
「……ふん。小娘が」
一方、由良にとっては家名などどうでもいい。
この件こそ最も退けない案件だった。
「ゆ、由良? 御門さん? ちょっと二人とも少し険悪すぎない?」
再び緊迫する二人の様子に悠樹は困惑する。
少女たちは無表情で睨み合っていた。
と、その時だった。
「お取り込み中のところ悪いけど、少しいいかな?」
ある意味、空気がまるで読めていない声が割り込んで来た。
「……なんじゃ。鷹宮に神楽崎か。何か用かの」
由良が割り込んで来た少年――鷹宮と、その背に隠れる神楽崎にそう告げる。
「……? 由良? 知り合いなの?」
小声で悠樹が問う。すると由良は「妾の級友たちじゃ」と即答した。
「あっ、そうなんだ」と悠樹は納得する。由良が悠樹のクラスメイトを知らないように、悠樹が由良のクラスメイトを知らなくても当然だ。
(……と言うことは、この二人は由良に用があるのかな?)
と、そんな事を思っていたら、
「いや鳳さん。申し訳ないが、今日はそちらの御門翔子さんに用があるんだ」
鷹宮がそう告げた。翔子が眉根を寄せて眼鏡の少年を見やる。
「……私にですか? 何のご用でしょう?」
翔子の問いに、鷹宮はわずかに視線を泳がしながら躊躇いがちに尋ねる。
「……翔子さん。僕のこと憶えていないかな? 一応五年ぐらい前に鷹宮家の屋敷で少しだけ会っているんだけど……」
翔子は頬に手を当てて考え込み、
「鷹宮家の屋敷? あっ、もしかして修司さんでしょうか? 鷹宮家の三男の」
記憶の淵にあった少年の名を口にすると、鷹宮はぱあっと満面の笑みを浮かべた。
「うん! そうだよ! 鷹宮家の修司だ! 久しぶりだね、翔子さん!」
「は、はい。お久しぶりです」
ほとんど面影ぐらいしか憶えていないのを隠しつつ、翔子は頭を下げる。
「挨拶が遅れてすみません。まさかこんな近くに鷹宮家の方がいらっしゃるとは……」
「いや、翔子さん。実は、僕の方は君のことを知っていた。入学式のこともあったしね。本当はもっと早く挨拶しようと思っていたんだけど、神楽崎――友人からあることを聞いて、あえてこの日を選んだんだ」
真剣な面持ちで鷹宮はそんなことを言う。翔子は眉根を寄せた。
「……どう言うことでしょうか? 何かこの日である必要性があったのですか?」
「ああ、この日。多くの生徒が集まるこの日が重要だったんだ。翔子さん。六大家の一つ、鷹宮家の者として君に望む」
そして一拍置いて、彼は告げるのだった。
「この場で、僕と《霊賭戦》を行って欲しいんだ」




