第4章 白霧の中の影
翌朝。
雪は薄く積もり、風も弱く穏やかだった。
リュカとカイルは早めに支度を済ませ、氷原を抜けた先の雪林へと歩みを進めていた。
「この森を抜ければ、しばらく風の影響は少なくなるわ。簡易の休憩所を作るにはちょうどいい」
「では今日はそこを目指そう」
カイルの体調はまだ完璧ではないが、昨日より歩みがしっかりしている。
リュカはその様子に満足げに頷いた。
「調子よさそうね。油断しなければ、あんたなら――」
言いかけた瞬間。
――チリッ……。
雪面をかすめる、乾いた金属音がした。
リュカは即座に地面へカイルを押し倒し、自らも雪の影へ飛び込む。
「なっ……リュカ!?」
「黙って!」
ヒュンッ!
風を裂く鋭い音。
次の瞬間、先ほど二人がいた場所の雪が細かく舞い上がった。
(矢……!)
リュカは反射的に方向を見定め、森の奥を睨む。
「誰かいる。……いや、ひとりじゃない」
カイルの表情が強張る。
「……追手か」
「あなたの落下が事故じゃなかったなら、来て当然ね」
リュカは腰の短弓を構え、木々の影へ素早く矢をつがえる。
「動かないで。位置を特定する」
雪林の影は深く、白と黒が入り混じって視界を惑わせる。
しかしリュカの目は、その混沌の中に“異物”を見逃さなかった。
右の木陰——わずかに雪が落ちた。
呼吸を殺し、誰かがそこに身を潜めている。
リュカは一拍だけ息を止め、弦を引き絞る。
「……そこッ!」
シュッ!
矢が放たれ、木の幹へ深く突き刺さる。
同時に、木陰から黒い影が跳ぶ。
男だった。
黒布で顔を覆い、王国兵とは違う、暗殺者のような軽装。
カイルの目が鋭く細められる。
「……“影狩り”か」
「知ってるの?」
「王国と敵対する隣国の密偵集団だ。
王国の動向を探り、要人を排除することもある」
「つまり、あなたを落としたのも……」
「おそらくこいつらの仕業だ」
たった数秒の会話の間に、敵は二人へ急接近する。
手には細い短剣。雪でも歩みがまったく乱れない動き。訓練されている。
「来るわよ——!」
リュカは矢をもう一本放つが、敵は横へ跳び、難なく躱した。
その速度にリュカの眉が上がる。
「あいつ、普通じゃない……っ!」
「リュカ、下がれ!」
「無茶言わないでよ! あなたこそ傷——」
また一撃、上から矢が飛ぶ。
別方向からだ。
「二人いる!」
リュカは反射でカイルをかばい、肩へ矢を受けないよう体を翻す。
矢はかすめる程度で済んだが、風圧で肩がしびれた。
「……っ!」
「リュカ!」
「大丈夫よ! かすっただけ!」
しかし状況は急速に悪化していた。
森の影の奥に、さらにもう一人気配がある。
(まずい……! 三人以上……!)
リュカは瞬時に判断し、カイルの腕を掴んだ。
「逃げるわよ! 戦ったら二人とも死ぬ!」
「しかし——」
「守るって言ったのは私。従いなさい!」
リュカはカイルを先に走らせ、雪林の奥へと飛び込んでいく。
背後から足音が迫る。
枝が揺れ、雪が舞い、敵がすぐそこまで迫ってきていた。
「森を抜けたら氷瀑がある! そこで巻くわよ!」
「了解した!」
二人は必死に駆け抜ける。
リュカの肩からは痛みが走るが、それでも速度を落とさない。
(負けない……!
絶対にこの男を死なせるわけにはいかない!)
雪林を抜ける直前、追手の影がふたつ三つと迫り、刃が光る。
その刹那——
ゴォォォォ……ッ!
轟音とともに、木々の向こうから白い大気が吹き上がった。
氷瀑——凍った滝が崩れ落ちる前兆だ。
「……来る!」
「リュカ、危険では——!」
「危険でも、ここしか活路はない!」
リュカの叫びと同時に、巨大な氷の柱が崩れる音が森じゅうに響き渡った。
白い破片が舞い、地響きが広がる。
追手たちは一瞬足を止め、避けるように散開した。
リュカとカイルはその隙を逃さず、氷瀑の裂け目へと飛び込む。
追手たちの姿が、白い雪煙の向こうにかき消えた。




