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第2章 旅立ちの支度(後半)

翌朝。

雪は細かく降り続き、世界は相変わらず白に沈んでいた。


リュカはテントの前で腰に手を当て、カイルの動きをじっと観察していた。


「はい、もっと重心低くして。そんなに胸張ってたら風に煽られるわよ」


「なるほど……こうか?」


「そうそう。騎士の立ち姿は綺麗だけど、この谷じゃただの的よ」


カイルはぎこちない体勢のまま、息を吐いた。

骨折はまだ完全ではないが、訓練ができるほどには回復している。


「君のように軽やかには動けないな。どうしてそんなに速く——」


「速いのは“逃げるため”よ」


リュカが淡々と言うと、カイルは一瞬動きを止めた。


「逃げるため……?」


「傭兵の頃ね。勝つか負けるかの前に、生き残るか死ぬかが大事だったのよ。

だから、逃げ足だけは誰にも負けなかった」


その言葉は冗談めいているのに、どこか悲しみが滲んでいた。


「……生きるため、か」


「ええ。でも今は逃げるつもりはないわよ。

あんたを王国まで連れて行くって決めたんだから」


リュカの言葉に、カイルは静かに頷いた。


■旅に必要なもの


リュカは背負い袋を指さす。


「とにかく、装備の量を減らさなきゃ。

重い荷物を背負ったまま氷原を渡るなんて無理よ」


「だが、最低限の食料と武器は——」


「武器は私がなんとかする。

あんたは……ほら、それ以上重いもの持ったら傷が開くわ」


「……情けないな。騎士長だというのに、旅の準備で足手まといとは」


自嘲気味に言ったその声に、リュカはぴたりと立ち止まった。


「ちょっと」


「……ん?」


「“足手まとい”って自分で言うの、やめなさい」


思った以上に強い口調だった。

カイルは驚いてリュカを見る。


「私はあんたを連れて行くって決めた。

その時点で、『足手まといかどうか』なんてどうでもいいの」


「……だが、君に負担を——」


「負担を気にするなら、生きて帰ることだけ考えればいいのよ」


リュカの声は、不器用な優しさで満ちていた。


「私はね、人を守ることを放り出して逃げたつもりだったのに……

気づいたらまた、誰かを守ろうとしてる。

だから……あんたが生きてくれなきゃ困るの」


カイルは息を飲んだ。


「リュカ……」


「な、なによ。その顔。気持ち悪いわよ」


「いや……嬉しくて」


「うるさい。訓練続けるわよ!」


リュカは照れ隠しのように顔をそむけ、雪を蹴って前に進む。

カイルは微笑を浮かべながら、その背中を追った。


■旅立ち前夜


その日の夕方、二人は荷物を整え、焚き火の前に並んで腰を下ろした。

空には雲が薄く広がり、星々が淡い光を放っている。


「明日の朝、出発するわよ」


「……あぁ。覚悟はできている」


焚き火の火が、二人の間で柔らかく揺れる。

カイルはしばし火の粉を眺め、静かに口を開いた。


「リュカ。一つだけ、聞いてもいいか?」


「なに?」


「旅が終わったら……君はまた、ひとりでここに戻るのか?」


リュカはその問いに、すぐには答えなかった。

薪をひとつ足し、火がぱちりと弾ける。


「……戻るわよ。ここが私の居場所だから」


「そうか……」


「でも」


リュカは少しだけ笑った。


「……戻るまでに気が変わるかもしれないでしょ?」


その言葉に、カイルは胸の奥が温かくなるのを感じた。


「君の気が変わる日を……私は待っていいだろうか」


「そんな先のこと、考えないの。明日は、まず生きて進む。それだけよ」


言葉はぶっきらぼうなのに、目は優しい。


その夜、風の音はどこか穏やかで、

二人が共に歩む旅がようやく始まろうとしていることを告げていた。

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