第2章 旅立ちの支度(中間)
夜。
風が弱まり、テントの外では雪が静かに降り続いていた。
焚き火の火は橙色に揺れ、二人の影を壁に映し出す。
リュカは獣の皮で作った鍋を火にかけ、スープをかき混ぜていた。
カイルはその対面に座り、湯気を眺めながらぽつりと口を開いた。
「……リュカは、なぜ狩人になった?」
突然の問いに、リュカの手が止まる。
「急にどうしたのよ」
「いや……ずっと気になっていた。
君は戦いの技術も治療も、どれも熟練している。普通の狩人とは違う」
「……褒めてるつもり?」
「褒めている。君がいなければ私は死んでいたからな」
素直な言葉に、リュカは少しだけ視線を逸らす。
「私は……傭兵だったのよ。何年も、戦場を渡り歩いてきた」
「やはり……そうだったのか」
「でも、ある時ふと思ったの。
『何のために戦ってるのか』って。
金のため? 名誉のため? 守りたいもののため? ……全部違った」
焚き火の光がリュカの横顔を照らす。
「気付いたら、心がすり減ってたわ。
そこで全部投げ出して、この寒波の谷に来た。
ここなら誰もいないし、誰も傷つかない。静かで……楽だった」
「……孤独では?」
「孤独が嫌じゃなかったのよ。
戦場の喧騒に比べたら、風の音なんて子守唄みたいなものだもの」
リュカは冗談めかした笑いを漏らしたが、その奥に哀しみの影があった。
■カイルの想い
カイルは僅かに目を伏せ、言葉を探すように息を整えた。
「……私は逆だ」
「逆?」
「私は戦う理由を与えられて育てられた。
王を、国を、民を守る。それが我が家の代々の務めだった」
リュカは興味深そうに彼を見る。
「義務か。重そうね」
「重い。……だが、それが誇りでもあった。
期待され、信頼され、仲間に頼られる。私はそれでいいと思っていた」
「思っていた、ってことは……今は違うの?」
カイルは焚き火を見つめたまま、小さく頷く。
「任務中に落下し、君に救われた夜……初めて、生きたいと思った。
責務ではなく、“自分として”。」
リュカは驚きに目を見開く。
「あなた、そんなこと考えるタイプには見えないけど」
「自分でも驚いている。
……だが、君が手当てをしてくれた時、胸が妙に落ち着いたのだ」
「それは……あんたが死にかけてただけでしょ」
「それもある。だが……」
カイルはリュカの瞳を真正面から見つめる。
「君の手は、戦場で触れたどんなものより温かった」
リュカは一瞬で耳まで赤くなる。
「な、なに言ってんのよ、あんたは……!」
「本当のことだ」
淡々と告げられ、リュカはスプーンを握りしめながら視線を逸らした。
「……優しくなんか、してないわよ」
「優しい。君は自覚がないだけだ」
「ないの。だから言わないで」
リュカの声は強がっているのに、どこか震えていた。
■距離の変化
沈黙が落ちたが、それは重苦しいものではなかった。
焚き火の音だけが二人の間を流れていく。
やがてカイルが静かに口を開いた。
「……私は君のおかげで、生きて王国へ帰れる可能性を得た。
だが、もうひとつ。君のおかげで“自分”というものを考えられた」
「そんな大層なこと、私してないわよ」
「している。少なくとも、私はそう思う」
リュカは観念したように深く息をついた。
「……あんたって、本当に真面目ね」
「真面目だと言われたのは初めてではない」
「でしょうね」
リュカはやっと口元に微笑を浮かべる。
「……でも、嫌いじゃないわ。その真面目さ」
カイルは驚いたようにまばたきをし、次の瞬間、柔らかく微笑んだ。
「そう言ってもらえて光栄だ」
その笑みは、戦場の騎士ではなく、一人の男のものだった。
焚き火の間で、二人の距離は確かに縮まっていた。
まだ恋でもなく、まだ家族のようでもない。
ただ、互いの孤独を知り、その居場所が少しだけ重なり始めた夜だった。




