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第1章 寒波の焚き火のそばで(後半)

夜が明ける頃、テントの外は一面の銀色に染まっていた。

風は静まり、代わりに刺すような冷気が空気を支配している。

リュカは火の残り炭をかき集め、再び焚きつけを置いて火を起こした。


背後でわずかなうめき声が聞こえた。


「……ここは……まだ、夢ではないのだな」


「夢だったら、その痛みはもっと優しいと思うわよ」


振り向くと、カイルが浅い呼吸を繰り返しながら、わずかに上体を起こそうとしている。


「ちょっと。動かないで。骨がずれる」


淡々と言って、リュカは彼の肩を押さえた。

その手は冷たく、しかし妙に安心させる力がある。


「君は……本当に、ひとりでここで暮らしているのか」


「ほかに誰がいると思うのよ。ここ、魔除けでも張ったみたいに人が来ない土地なの」


カイルは弱く笑う。

その笑みには昨夜よりわずかに余裕が戻っていた。


「だが……心強い。私ひとりでは、夜の寒さで死んでいた」


「知ってるわよ、顔が“死ぬ三秒前”って感じだったもの」


リュカは淡々と言って、鍋へ雪を放り込む。

じゅっと音がして湯気が立ちのぼる。


「湯を温めて飲ませるわ。凍傷もひどいし、体を内側から温めなきゃ」


「……世話になるばかりだな」


「言ったでしょ。礼はいらない。私はただ……見捨てられないだけ」


最後の一言は小さく、カイルには聞こえたかどうかわからない。


湯が温まり、器に移して彼に渡すと、カイルは両手で包み込み、慎重に口をつけた。

リュカはその姿を無言で観察する。


「どうした?」


「あなた、飲み物ひとつ飲むだけで騎士っぽいのね。妙に姿勢が綺麗」


「……癖でな。王宮では粗相のないように育てられた」


「ここは王宮じゃないわよ。姿勢なんか寒さで曲がるぐらいが普通」


そう言いつつ、リュカの口元もわずかに緩んだ。


■男の事情


しばらく沈黙が続いた後、カイルが静かに切り出した。


「……リュカ。助けられた身で言いづらいのだが、一つだけ聞いてほしい」


「なに?」


「私は任務中だった。王国に戻らなければ……国が揺らぐ可能性がある」


リュカは眉をひそめた。


「谷に落ちてきた理由って、その任務に関係あるの?」


「……あぁ。敵ではないが、ある勢力に狙われ、馬ごと崖から……そこから先は記憶が曖昧だ」


「つまり、追われてるってこと?」


「可能性は高い」


リュカは肩をすくめた。


「もう……本当に面倒ごと背負ってるのね、あんた」


「すまない……」


「謝るのはまだ早いわよ。どうせ王国に送るまでは私が守るんだから」


言ってから、自分がどれほど大きな約束をしているか実感し、リュカは鼻先を少し赤くした。


(護衛なんて……また戦場みたいじゃない)


だが、目の前の男は命を預ける覚悟で自分を見る。

逃げることはできない。


■立ち上がろうとする男


「……少しでも役に立てるように、動ける範囲で――」


カイルが身を起こそうとした瞬間、激痛に顔をゆがめた。


「バカね。動くなって言ってるでしょう!」


「だが……」


「だが、じゃない!」


いつになく強い口調に、カイルは目を瞬いた。

リュカは気まずそうに視線をそらし、薪をくべるふりをする。


「……あんたまで失ったら私、寝覚めが悪いのよ。

だからしばらくは、おとなしく寝てなさい」


静寂。

そのあと、カイルは穏やかに微笑んだ。


「……従おう。君の判断を信じる」


その言葉に、リュカの胸が少しだけ温かくなる。


■終わらない冬の中で


外では再び雪が降り始めていた。

白い世界の中、二人のいるテントだけが小さな灯火のように暖かい。


旅立つまでには、まだ数週間は必要だろう。

カイルの傷が癒えるまで、そして装備と食料を整えるまで。

その間、この奇妙な二人の生活が続くことになる。


リュカは焚き火を見つめながら思う。


(……やっぱり、静かな生活なんて続くわけがないんだ、私には)


しかしその考えとは裏腹に、隣で眠るカイルの呼吸はどこか安心を誘うものだった。


こうして二人の共同生活――そして数ヶ月の長旅への準備が、静かに始まっていく。

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