最終章後編 帰る場所を、選ぶ
王都の朝は、騒がしかった。
石畳を打つ靴音。
市場の呼び声。
城壁の向こうから届く鐘の音。
リュカは城下町の外れで、そのすべてを背に受けながら立っていた。
「……やっぱり、慣れないわね」
人が多すぎる。
音が多すぎる。
生きている理由が、あまりにも近すぎる。
外套のフードを深くかぶり、弓の位置を確かめる。
もう、ここでやることはない。
——そう、思っていた。
「待たせたな」
振り返ると、カイルがいた。
騎士団の礼装ではない。
肩章も剣帯も外した、簡素な旅装。
「……本気なのね」
「本気だ」
短い返答だったが、揺らぎはなかった。
リュカは一瞬、目を伏せ、それから言った。
「王は、なんて?」
「理解はしなかった。
だが、否定もしなかった」
小さく息を吐く。
「私は、もう“王の剣”ではない。
だが——
王国の人間であることを、捨てたわけでもない」
「器用ね」
「そうでもない。
ただ、今はここにいる理由がなくなった」
沈黙が落ちる。
城壁の影が、二人の足元に長く伸びていた。
■ 境界線
「ねえ、カイル」
リュカが言った。
「ひとつ、確認していい?」
「なんだ」
「私は、王国の人間にはならない。
城にも戻らない。
命令も、正義も、もう背負わない」
カイルは、即座に頷いた。
「分かっている」
「それでも、危険な場所に行く。
冬の外に戻る」
「承知している」
「……たぶん、
後悔することもある」
「あるだろう」
それでも、と彼は続けた。
「それを一人で決めないと言ったのは、君だ」
リュカは、ふっと笑った。
「……そうだったわね」
彼女は一歩、城の方を振り返る。
「私にとって王国は、
“逃げた場所”じゃない。
“役目を終えた場所”よ」
そして、前を向く。
「だから、帰らない。
——帰る場所は、もう別にある」
■ 冬の外へ
城下町を抜け、街道を外れた先。
風が変わる。
人の匂いが薄れ、冷たい空気が肺に入る。
「……この感じ」
リュカは深く息を吸った。
「落ち着く」
「私は、まだ慣れない」
「そのうちね」
二人は並んで歩き出す。
もう、護衛でも被護衛でもない。
騎士と狩人でもない。
ただの、旅人だ。
「……なあ、リュカ」
「なに?」
「もし、また一人になりたくなったら——」
リュカは足を止めずに答えた。
「言いなさい。
そのときは、ちゃんと距離を取る」
「……冷たいな」
「生きるって、そういうことよ」
少し間を置いて、彼女は付け足す。
「でも、黙って消えるのは許さない」
カイルは、静かに笑った。
「それで十分だ」
■ 選んだ帰還
丘を越えた先、白い世界が広がる。
冬の外。
厳しく、静かで、嘘の通じない場所。
リュカは立ち止まり、振り返った。
「……ここから先は、
誰の土地でもない」
「だからいい」
「命の保証はないわよ」
「それでも進む」
彼女は一瞬だけ迷い、
そして、手を差し出した。
「じゃあ——
帰りましょ」
カイルはその手を取る。
握手でも、誓いでもない。
ただ、歩き出すための合図。
二人の影が、雪の上に並ぶ。
王国へ帰ったのではない。
過去に戻ったのでもない。
自分たちで選んだ場所へ、帰っただけだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語は、
「強くなる話」ではなく、
「一人で決めなくていいと気づく話」として書きました。
冬は終わらず、
世界も優しくはなりません。
それでも誰かと並んで歩くことはできる。
そんな感覚が、
少しでも残っていたら嬉しいです。
最後までお付き合いいただき、
本当にありがとうございました。
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