第19章 夜明けに立つ者たち
夜が、終わった。
雪原の向こう、地平線がわずかに白み始める。
冷たい空気が張り詰め、世界が息を止めたようだった。
リュカは、ゆっくりと立ち上がる。
「……来るわ」
その声に、迷いはない。
カイルは剣を握り、隣に立った。
「私は前に出る」
「ダメ」
即座に、しかし静かに言い切る。
「クロウの狙いはあんた。
だからこそ、最初は私が引き受ける」
「だが——」
「信じなさい。
それと……生きるって約束したでしょ」
カイルは一瞬目を閉じ、深く息を吸った。
「……わかった。
だが、限界が来たら、必ず合図を」
「ええ」
そのやり取りが終わった瞬間——
空気が、変わった。
サク……
雪を踏む、たった一音。
霧の中から、黒い影が現れる。
クロウ・ザハル。
剣も弓も持たず、短剣を二振り。
その歩みは、まるで散歩のように静かだった。
「……約束通りだな」
「ええ。
卑怯な真似は嫌いなの」
リュカは弓を構える。
「ここから先は……
通さない」
クロウは、わずかに口角を上げた。
「通るさ。
お前が立っていようと、いまいと」
■第一撃
音もなく、クロウが距離を詰める。
速い。
リュカは即座に後退し、矢を放つ。
シュッ!
だが、矢は空を切る。
クロウは最小限の動きでかわし、すでに間合いに入っていた。
「——っ!」
短剣が閃く。
リュカは地面を転がり、刃を避ける。
(速さだけじゃない……
無駄が、一切ない……!)
クロウの攻撃は、派手さがない。
ただ「確実に殺す」ためだけの動き。
リュカは距離を取り、二本目、三本目の矢を連射する。
だがクロウは止まらない。
「狩人よ」
交錯の中で、クロウが低く言う。
「お前は優秀だ。
だが……守る者ができた瞬間、動きが鈍る」
「……それでも!」
リュカは叫び、弓を捨て、短剣に持ち替えた。
「それでも、私は前に立つ!!」
■追い詰められる狩人
刃と刃がぶつかる。
キンッ!
一瞬の隙。
クロウの刃が、リュカの肩を裂いた。
「——っ!!」
血が飛び、雪に赤が落ちる。
カイルが叫ぶ。
「リュカ!!」
「来ないで!!」
声は荒いが、目はまだ死んでいない。
クロウは冷静だった。
「終わりだ」
短剣が、心臓を狙って振り下ろされる——
■騎士の選択
その瞬間。
ガキンッ!!
クロウの刃を弾いたのは、
カイルの剣だった。
「——約束を破って、すまない」
カイルはリュカの前に立つ。
「だが……
ここからは、私の戦いだ」
クロウの目が、初めて大きく開いた。
「……ほう」
「私は、守られる存在ではない」
カイルは剣を構える。
「彼女と共に、選んでここに立っている」
クロウは一瞬だけ、感心したように息を吐いた。
「騎士長……
お前は最後まで、騎士だな」
「それでいい」
■決着
三人が、動く。
リュカは地面を蹴り、
カイルは正面から踏み込む。
クロウは二人を同時に視界に捉え、
初めて、わずかに判断を遅らせた。
その一瞬。
リュカの短剣が、
クロウの脇腹を浅く裂く。
「……っ」
カイルの剣が、
クロウの喉元で止まった。
完全な静止。
白い息が、三つ、重なる。
クロウは、ゆっくりと笑った。
「……見事だ」
剣先を見つめ、静かに言う。
「これが……
“二人で選んだ結果”か」
カイルは、剣を引かなかった。
「終わりだ。
これ以上、血を流す必要はない」
クロウは、短剣を落とした。
カランという音が、雪原に響く。
「……狩りは、私の負けだ」
そして踵を返し、霧の中へ消えていった。
■夜明け
太陽が、完全に姿を現す。
雪原は、ただ静かだった。
リュカは、その場に座り込み、息を吐いた。
「……生きてる……」
カイルは剣を収め、彼女に手を差し出す。
「生きている。
……一緒に」
リュカはその手を掴み、立ち上がった。
「……王国まで、もう少しね」
「ああ」
二人の影が、朝日に並んで伸びる。
この旅は、まだ終わらない。
だが——
もう、誰にも奪われることはなかった。




