第17章 それでも、進む理由
崩落地帯を抜けてしばらく、二人はほとんど言葉を交わさずに歩いていた。
夕暮れが近づき、雪原は淡い橙色に染まり始めている。
リュカは先を歩きながら、時折カイルの足取りを確認していた。
「……さっきの無茶、まだ怒ってる?」
不意に、カイルが口を開く。
リュカは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「……怒ってる、というより……」
一度言葉を切り、視線を落とす。
「……怖かったのよ」
その声は、今まで聞いたことがないほど静かだった。
カイルは何も言わず、ただ待つ。
「私ね……
あの崩落の瞬間、頭の中が一気に空っぽになったの」
リュカは自分の手を見つめる。
「昔だったら、迷わず“手を離す”って判断してた。
一人が死んで、一人が生き残るなら、それが最善だって」
風が吹き、雪がさらりと舞う。
「でも……今回は違った。
あんたが“離すな”って叫んだとき……
その声を無視できなかった」
カイルの胸が、静かに締め付けられる。
「私はずっと、
誰かを守る立場になると、必ず失うと思ってた」
リュカは小さく笑った。
「だから狩人になって、
自然の中で、誰にも期待されず、誰も背負わずに生きようとした」
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……でもね。
あんたを拾ったあの日から、ずっと同じことを考えてた」
カイルの目を、まっすぐに見る。
「この旅が終わったら、私はまた一人に戻れるのかって」
沈黙。
焚き火もなく、ただ冷たい空気だけが二人を包む。
「答えは……たぶん、もう出てる」
リュカは一歩、カイルに近づいた。
「私はね、
あんたを王国に返すためだけに歩いてるんじゃない」
胸に手を当てる。
「逃げたままの自分を、
ちゃんと終わらせるために、この旅をしてる」
カイルの喉が、かすかに鳴った。
「リュカ……」
「誤解しないで。
英雄になりたいわけでも、王国を救いたいわけでもない」
それでも、と続ける。
「それでも……
“目の前で死にそうな人間を、もう見捨てない”って決めたの」
言い切った声には、揺らぎがなかった。
「それが……今の私が選んだ生き方」
カイルは、深く息を吸い、そして答える。
「……君がその選択をしたなら」
一歩踏み出し、彼女の隣に立つ。
「私は、最後まで共に行く。
王国のためではなく——
君の隣に立つと決めたから」
リュカは一瞬、驚いたように目を見開き、
次の瞬間、困ったように笑った。
「……ほんと、騎士って……
重たい言葉を、さらっと言うわね」
「慣れていない。
だが、嘘は言っていない」
夕暮れの光が、二人の影を並べて伸ばす。
リュカは少しだけ歩調を緩め、言った。
「……じゃあ、約束ね」
「何の?」
「この旅が終わっても、
“逃げたくなったら一緒に悩むこと”。
一人で決めない」
カイルは迷わず頷いた。
「約束する」
その言葉を聞き、リュカはようやく前を向いた。
この旅は、
もはや「送り届けるため」だけのものではない。
二人が、それぞれの過去を越えるための道になっていた。




