表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

第14章 忘れられた道

夜明けとともに、二人は森を抜けた。


そこに広がっていたのは——

道とも呼べない、岩と雪が折り重なった細い通路だった。


「……ここが、古い交易路」


リュカの声は低い。


かつては荷馬車が通り、商人たちの往来で賑わった道。

だが今は、崩れた岩と凍結した地面に覆われ、人の痕跡はほとんど残っていない。


「……確かに、誰も使っていないな」


「ええ。

理由は単純よ。

“自然が取り戻した”から」


足元の岩は不安定で、踏み外せば即座に滑落する。

岩壁には深い爪痕が刻まれ、獣の縄張りであることを無言で主張していた。


「ここからは、声も足音も最小限に。

獣は人より耳がいい」


「了解した」


二人は言葉を切り、慎重に歩を進める。


■自然の罠


しばらく進んだとき、リュカが片手を上げて合図した。


「止まって」


カイルは即座に動きを止める。


「……氷の膜が張ってる」


岩の隙間に、薄く透明な氷が広がっている。

雪に覆われて見えにくいが、一歩踏み込めば砕け落ちる。


「下は……?」


「深い。

落ちたら……骨じゃ済まない」


リュカは腰を落とし、短剣で氷を軽く叩く。

ピシッ と嫌な音が走った。


「ここは回り道する。

私が先に行くから、足跡をなぞって」


カイルは頷き、リュカの動きを一つひとつ覚えながら進む。


そのとき——


ゴロ……


どこかで小石が転がる音がした。


リュカの背中が強張る。


「……獣、いるわね」


「影狩りでは……ないか?」


「違う。

もっと……生き物としての“重さ”がある」


二人は岩陰に身を寄せ、気配を探る。


■巣に近づいた者


視界の先、岩棚の奥で何かが動いた。


灰色の毛並み。

太い前脚。

低く唸るような呼吸。


「……山狼マウンテン・ウルフ


リュカが小さく呟く。


「単独じゃないわ。

たぶん、巣が近い」


カイルは剣の柄に手をかけた。


「戦うべきか?」


「いいえ。

狼は無駄な戦いをしない。

でも……子がいる場合は別」


岩の影から、小さな影が二つ、三つ現れる。


「……しまった」


母狼だ。

巣を守るためなら、人にも躊躇なく牙を向ける。


低い唸り声が空気を震わせる。


リュカは一歩、前に出た。


「カイル、剣を抜かないで」


「だが——」


「信じて」


その声は、命令ではなく“共有”だった。


■狩人の選択


リュカは弓を下ろし、ゆっくりと両手を見せる。


狼の目が、彼女を射抜く。


睨み合い。

一歩でも間違えれば、即座に襲いかかってくる距離。


リュカは静かに地面に腰を下ろした。


カイルの心臓が跳ねる。


(無防備すぎる……!)


だが、リュカの声は穏やかだった。


「……大丈夫。

私は、あんたたちの獲物じゃない」


理解できるはずもない言葉。

それでも——声の調子、姿勢、視線。


狼は“敵意がない”ことを感じ取る。


しばらくの沈黙の後、母狼は一歩、後ろへ下がった。


だが目は離さない。


「……今よ」


リュカが小さく合図する。


二人は、ゆっくり、ゆっくりと後退する。


決して背を向けず、視線も外さず。


距離が十分に開いたところで——

母狼は唸り声を止め、子の方へ戻った。


■通過後


安全圏まで来たところで、リュカは大きく息を吐いた。


「……ふぅ……」


「……正直、生きた心地がしなかった」


「でしょ?

だからここは使われなくなったのよ」


リュカは少しだけ笑った。


「でも……無駄な血は流れなかった」


カイルはその横顔を見つめる。


「君は……剣を使わずに命を守った」


「狩人はね、

殺さずに済むなら、それが一番の“勝ち”なの」


しばらくして、リュカは真剣な表情に戻る。


「ただし——」


「?」


「ここから先は、もっと危険。

崩落地帯と、獣の縄張りが続く」


カイルは剣を握り直した。


「それでも進む。

——二人で決めた道だ」


リュカは一瞬だけ驚き、そして深く頷いた。


「……ええ。

じゃあ、行きましょう」


忘れられた交易路は、静かに二人を飲み込んでいく。


そしてその先で——

自然以上に“執念深い影”が、彼らの選択を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ