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第1章 寒波の焚き火のそばで(前半)

キャンプに戻った頃には、空はすっかり夜の色に染まり、吹雪はさらに勢いを増していた。

リュカは雪を払いながら布で覆った簡易テントのフラップを開き、男をそっと寝床に横たえる。


すぐさま焚き火を起こし、雪を溶かした湯を煮立たせ、治療道具を取り出す。

戦場で何度も人の傷を見てきたが、この男の状態はひどい。

骨折、裂傷、凍傷――どこから手をつけるべきか、一瞬迷うほどだ。


「……あなた、本当に運がいいわね。谷に落ちて生きているなんて」


皮肉を込めて独り言を漏らしつつ、リュカは手際よく鎧を外す。

鎧の下から現れた体には、青黒い打撲痕と血の乾いた跡がいくつもあった。


男はわずかに目を開き、掠れた声を洩らす。


「……ここは……?」


「私のキャンプ。助けた覚えなんてないけど、死なせる気もないだけ」


男は焦点の合わない瞳で天井を見つめる。

リュカは骨の位置を慎重に整え、固定具でとめ、裂傷に薬草を混ぜた軟膏を塗り込む。


痛みのあまり、男の呼吸がひゅっと詰まった。


「声出していいわよ。ここ、誰もいないから」


冗談めかして言うと、男はかすかに笑ったようだった。

その僅かな強さが、彼がまだ死なないと示しているようだった。


ひと通り治療を終える頃、湯が沸き、テント内に暖気が広がる。


「……助けて、くれたのか」


男が途切れ途切れの声で呟いた。


「助けたというより……拾った、に近いわね。あなた空から落ちてきたもの」


「落ちて……あぁ、そうか。任務の最中に……」

男は眉を寄せ、苦しげに目を閉じた。


「思い出せるだけマシよ。しばらく安静にして」


リュカは皮袋から温めた湯を器に移し、男の唇に当てる。

彼はわずかに口を開き、数滴を飲み込むと、ほっとしたように息を吐いた。


「……名を、聞いてもいいか」


「聞く余裕があるなら大丈夫ね。リュカ。狩人よ。あなたは?」


男はゆっくりと答えた。


「カイル……レグナード。王国騎士団……騎士長だ」


リュカの手がぴたりと止まる。


「騎士長? こんな所に? どういう状況よそれ」


「……すまない、詳しくは……いずれ話す。今は……礼を言わせてくれ。命を……救われた」


素直な感謝に、リュカはむずがゆさを覚えた。

優しい言葉は苦手だ。胸がざわつく。


「礼なんていらないわよ。

でも、あんた――サバイバル知識ゼロでしょ。ひとりで出歩いたらすぐ死ぬわ」


「……否定できない……」


「そんな状態で王国まで帰るなんて不可能。だから――」


リュカは薪を焚き火にくべながら、深く息を吐いた。


「渋々だけど……あんたを王国まで送り届けるわ」


静かで凍てついたキャンプ内で、男はゆっくり目を開き、安堵の微笑みを浮かべた。


「……感謝する。必ず……恩は返す」


「いらない。返されたら面倒な気がするから」


そう言って顔をそむけると、焚き火の橙色の光がリュカの横顔を照らす。

外では風が唸り、雪がテントを叩いていたが、不思議なことにその音は、いつもより少しだけ柔らかく感じられた。


こうして――孤独だった狩人の生活は、思いも寄らない同行者によって静かに乱されていく。

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