第4章 氷瀑の裏側で
氷瀑の裏側は、外の吹雪とは別世界だった。
崩れた氷の隙間が自然の洞窟のような空間を作り、薄青い光が壁面に反射して揺らめいている。
リュカは中へ入り込むと、まず周囲の音に耳を澄ませた。
「……追ってきてない。しばらくここで様子を見るわよ」
カイルは荒い息を吐きながら壁にもたれた。
氷の蒼い光が彼の顔を不気味なほど白く照らしている。
「リュカ……肩が……」
「ああこれ? いいのよ、かすり傷。ただの擦過傷」
と言いながらも、肩を押さえる指が微妙に震えていた。
カイルは黙ってその手を掴んだ。
「……痛いだろう」
「平気。慣れてるから」
「慣れる必要など、本来はない痛みだ」
リュカはわずかに目を伏せた。
「そんなこと言っても、もう遅いのよ」
氷の天井から滴る水音が、ぽた、ぽた、と二人の間の沈黙を刻む。
やがてリュカが小さく息を吸い、真っ直ぐにカイルを見た。
「……さて。
あなた、説明してもらおうかしら?」
「説明……?」
「影狩りよ。あんな連中が三人も追ってくるなんて、ただの“事故”じゃない。
あなたが狙われた理由……隠してるんでしょ?」
カイルの瞳が揺れた。
リュカの声は淡々としているのに、どこか優しさが含まれていた。
「話したくないなら無理にとは言わない。でも、事情を知らないままじゃ守れないのよ。
戦う相手も、逃げる方向も決められない」
カイルはしばらく視線を落とした後、静かに頷いた。
「……君には、真実を話すべきだと思っていた。
しかし、君を巻き込みたくなかった」
「巻き込まれてるわよ。今まさに」
「……その通りだな」
短く苦笑したあと、カイルは深呼吸し、言葉を紡ぎ始めた。
■カイルの語る“理由”
「私は王国騎士団の騎士長であると同時に——
王国の継承計画に関わる“極秘任務”を任されていた。」
「継承計画……? 次の王を決めるってこと?」
「そうだ。
現在の王には後継者が確定しておらず、各貴族派が暗闘を繰り広げている。
その渦中で……王は、国を安定させるため“ある人物”を後継に据えることを望んでいた」
「ある人物?」
「その者の身柄を保護し、城まで送り届けるのが私の任務だった。
だが——影狩りにそれを察知され、襲撃を受けた」
リュカは眉をひそめる。
「あなたはどこで落ちたの? その時、後継候補は?」
カイルは苦しげに目を閉じた。
「……守り切れなかった。
私が落とされた崖の向こうで、彼は……影狩りに囲まれていた」
「それって……死んだってこと?」
「確認できていない。だが、生存の可能性は低い……」
リュカは沈痛な面持ちで息を吐いた。
「なるほどね……
王国の均衡を保つ“鍵”を運ぶ任務。
それに失敗した騎士長を、影狩りが追わないわけがないわけだ」
「……私には、まだその責務が残っている」
「でも、あなたは落ちた。谷に。
つまり……あなたが死んだことにして物事を進めたい連中がいるってことね」
カイルは黙って頷く。
■リュカの本音
「……なら、よけいにあんたを見捨てなくてよかったわ」
「リュカ……?」
「だってさ。
王国ひとつ傾くような事態を、一人で背負わされて……
もし私が見て見ぬふりしてたら、ここで死んでたんでしょ」
「……そうだな」
「そんな死に方、あんたに似合わないわよ」
リュカは背負い袋から包帯を取り出し、自分の肩を巻きはじめる。
手つきはぎこちないが、どこか強く、暖かい。
カイルはその姿を静かに見守りながら言った。
「君は……私が思っている以上に、優しい」
「またその言葉? 本当に嫌いなのよ、そういうの」
「だが、事実だ。
君がいなければ、私は国にも王にも、何一つ伝えられず終わっていた」
リュカは包帯を結び終え、ため息をつく。
「……わかった。
あんたの任務、王国までちゃんと持って帰らせてあげる」
「リュカ……」
「でも、そのためにはまず――」
リュカは氷洞窟の奥に視線を向けた。
「敵を巻きながら前に進む必要がある。
ちょっとやそっとの覚悟じゃ無理よ」
「覚悟なら……できている」
カイルは力強く言い切った。
その言葉を聞いた瞬間、リュカは満足げにうなずいた。
「よし。
なら、一緒に生きて王国まで行きましょう」
氷瀑の裏で、二人の決意が静かに合わさった。
遠くで、まだ影狩りが探す気配が微かに響いていた。




