贈り物
女学校の鐘がなる。授業の終わりを告げる鐘。生徒たちは一斉に帰り支度を始める。私も急いで支度を済ませ校門へ急ぐ。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
しかし、そこには爺やが私を待って立っていたのだ。
「もう!爺や、お迎えは要らないってばっ!」
「そうはいきませぬ。お嬢様は西園寺家の自覚をもう少し持って頂きたい」
西園寺家はこの辺りの地主であり、多くの事業と関わっている財閥だ。そんな財閥の一人娘だからこそ、私は車での送迎が基本だ。
「…学友の方々と話しながら帰ってみたいのに…」
「そのようには見えませんでしたがね。まるでどこかへ急がれているような…」
図星を突かれ顔を逸らす。爺やにはバレているのかもしれないが、週に1度だけ呉服屋へ行っている。着物を新調するならいつもの贔屓にしている呉服屋だが、そことは違う庶民向けの呉服屋。まだ若手ながらも諸外国のデザインを採り入れた服を作っている人が居る。その人が私の会いたい人であり、想い人だ。
「あぁ、そうでした。奥様に買い出しを頼まれていたのでした。お嬢様、買い出しを行っている間は私も目を離していますから早いうちに戻られてくださいね」
バレているかもしれないではなく、バレていた。それも主人の父に告げ口せず、黙認しているようだった。
許してくれているのならばと車から降り街を駆ける。そこまで遠くなかった呉服屋の扉を開け放ちそうになるのを抑え、息を整えてからそっと扉を開ける。
「あ、茜音さん。いらっしゃい。今日はいつもより遅かったかな?」
反物を運んでいた達郎さんが優しく出迎えてくれる。
「ごめんなさい、これでも急いだのだけれど…」
「責めてないよ。何かあった訳じゃないならそれで大丈夫。…あぁ、これだけ置いてくるからちょっと待ってもらってもいいかな…?」
そういうと店の奥へと消えていく。その間に達郎さんの作業所へ移動する。見慣れた空間に見慣れない赤い花が活けられていた。1本の赤い薔薇にショックを受けていると達郎さんが戻ってくる。
「た、達郎さん…、これは…?」
「あぁ、この薔薇ですか?よく来て下さる婦人がくれたんです。貴方のデザインの参考になればって」
ならば『一目惚れ』だとかそういう意味では無い…のだろうか。随分と粋なプレゼントを渡す婦人もいるものだなと思った。幸い、達郎さんは薔薇の本数にも意味があることを知らないようで何も思っていない様子。何も知らないとしても薔薇を受け取っている事実が何となく許せなかった。
カバンに忍ばせていたドーナツを渡すと分かりやすく喜んでくれた。それでも薔薇に負けている気がした。
他愛のない話やデザインの話をしているうちに時間は過ぎ、爺やと離れてからかなり時間が経っていることに気がついた。急ぎ帰ろうとするといつも来てくれるからと達郎さんに小包を貰った。その場で開けたかったが、時間がそれを許さず呉服屋を後にした。爺やの元へ戻ると、既に買い出しは終えているようで店主と談笑しているのが見えた。
「おや、お嬢様。無事にお会いできましたかな?」
「分かっているのなら先に帰っても良かったのに」
「それでは私めが怒られてしまいます」
屋敷へ戻る頃には日がかなり傾いてしまったが、買い出しを理由に怒られることはなかった。
部屋へ戻ってから小包を開けると大小様々な3本の薔薇をあしらったブローチが出てきた。
「綺麗…!」
小包の中には手紙も同封されており、そこには「これが僕の気持ちです」とだけ書かれていた。意味なんて分からないと思っていたけど、案外気にしてなかっただけなのかもしれない。いや、それすら考えすぎだったのかもしれない。きっと私の顔は薔薇のように赤く染っているだろう。同じ気持ち、それ以上かもしれない気持ちを今すぐにでも返したかった。こんなにも気持ちは近いのに、家柄や道は遠いのかと。住所は分かっているし、手紙を爺やに頼んでも朝一には届くはず。それでも文字じゃなく、自分の口から言葉で、「好き」を伝えたい。
翌週なんて待っていられず、鐘がなると急いで帰り支度を済ませ車に飛び乗る。いつもならこのまま稽古へ向かうが今日はそんなのはどうでもいい。わがままを言って昨日の店へと車を走らせる。稽古が…なんて言いかけた爺やだったが、ブローチを見つけると察してくれたようだった。目を瞑り穏やかに言う。
「…どうかお嬢様が幸せになれるように。私めはお嬢様の味方でございます」
その言葉に背中を押されるように車の扉を開けた。
「あれ?茜音さん?今日は来れない日じゃ…?」
突然の訪問に驚いた様子の達郎さん。
「も、もしかして、昨日の…迷惑だった…?文句言いに…?だったら…」
どんどんネガティブ思考に陥る達郎さんを見ているとなんだか不憫に思えたが、これ以上ネガティブになられては困る。
「違うのっ!文句なんかじゃないわ!達郎さんの気持ちも、このブローチもすごく嬉しかったの。だから…その…私も、伝えたくて…」
そのまま言うつもりだったのに、いざ本人を目の前にすると恥ずかしい。
「私も…す、…好き…です。愛してますっ!」
顔が熱い。達郎さんの答えをはいだと知っていても恥ずかしさで顔をあげられない。
「ほ、本当に…?僕でいいの…?」
震える声に恐る恐る顔を上げると、頬が赤くなり、恥ずかしそうに口元を手で隠す達郎さんがいた。
「ブローチ…、気に入って貰えたようで良かった。すごく似合ってる。本当はブローチじゃなくて生薔薇を渡したかったんだけど…それはまた、用意させて?」
親を説得しなければならないだとかこれから問題は出てくるだろう。だけど今はこの人と一緒にいたい。
至らぬ所や気になる所もあると思いますが、楽しんでいただけたのなら幸いです。感想貰えると嬉しいです。
前日譚や続編は存在してません!私が書ければ後々書くと思います。現状はこれ単体になります。
3本の薔薇には「愛してます」という意味があるそうですよ。




