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三姉妹

蛇足:平和への道は血でできている

作者: たまごやき

誤字脱字と感想いつもありがとうございます。励みに成ります。


今回は一般通過入り婿の話です。息子達が出てきます。


「父上!みて!兄上が!!優勝したよ!!」


 キラキラと、私譲りの緑の瞳を宝石のように輝かせて、妻譲りの白い肌を赤く染めて、体を乗り出して愛する息子が指をさす。

 その先で、私と揃いの黒髪に褐色の肌をした少年が、弾けたように笑ってこちらへ手を振っていた。彼もまた、自分にとってなにより大切な息子の一人だ。


「凄いね!!兄上、学園で一番強いっていってたの本当だったんだ!かっこいい……!!」


 愛する息子が、笑っている。なにも憂うことなく、兄弟同士が殺し合うことなく、健やかに、幸福そうに、なんて、


「そうだなぁ、今日は沢山イグナシオのことを褒めてあげないと。……ところで、その格好いい兄上がこっちに来るけれどそのままで平気かい?」


 ──美しい光景なんだろう。

 慌てて髪を直して、自分の姿におかしいところがないか整えている末の息子と、それをくすくすと笑いながら近づいてくる上の息子。愛おしく、誇らしい私の宝。精一杯それを伝えるべく、両腕を広げて待ち構える。城で帰りを待つ娘と妻の分まで、目一杯。











 私の故郷は酷いものだった。私──美しい水の都、ウォールリリーの王配、ウスマーンの故郷はウォールリリーから海を一つ越えた先にある砂漠の国だった。

 ウォールリリーが水に囲まれた島国という地形上、中々外部と接触することがなかった。それを最も近い国として交易国となり、取引をしている国が私の故郷だった。

 ウォールリリーの真珠や豊富な資源、医療に使う薬と引き換えに食料や香辛料、織物などを輸出入し、それらをこれからも安定して継続取引できるように、政略として次期女王の夫となるべくやってきたのが今からおよそ20年前。同腹の兄に何度も刺客を差し向けられ、命を何度も失い掛け、母を異とする兄弟達からも毒をおくられる日々に疲れ果てていたその時に降って湧いたこの縁談話は救いの糸のように見えて、誰よりも先に縋りついた日のことは今でもはっきり覚えている。

 他の兄弟たちは他国の、しかも女の王の元へ婿入りするだなんてと鼻を鳴らしていたがこんな魔窟から逃げられるのなら何でもよかったのだ。


 最初は…本当に政略とはいえ婿にきたとは思えない状況だった。一番目の妻は高慢で、私と話すのもつまらない、触れるなんて怖気が走ると言わんばかりに振る舞って─事実そうだったんだろう─やることなすこと一から十まで文句を言われて、おまけに本人達はかくしているつもりだったのかもしれないが、妻は執事と堂々と不倫をしていた。私が普通の男だったら心を病んでいたかもしれない。

 だが、正直なところあまり気にはならなかった。元々、私の故郷では夫が複数の妻を抱えるハレムを形成しているのが普通だったし、国が違えば文化も異なるとはいえ権力を持つ人間が異性を侍らせたがるのはまぁ理解ができる範囲であった。そんなことよりこの国の特殊な地形と植生を調べたり、ここ数年で金が眠っているかもしれないと新たに発見された鉱山への感心が高まっていたのもある。

 それに、正直なところ王宮での人間関係が煩わしくて目をそらしていたかった。この国の王宮も故郷で嗅いだ陰謀と策謀の臭いがしてならなかったし、なにより婿である私に対して、酷くよそよそしく、深入りを拒む空気が蔓延していた。…まぁそもそも、妻の周辺の人間は妻とその執事の恋を応援していたし、妻も次期女王の仕事で忙しそうに日々を過ごしていたからこれ幸いと私も自分の仕事に没頭していたのもあったのだろう。冷え切った夫婦関係である。

 そんな冷え切った夫婦関係であっても閨は共にする。互いの国の血を引いた子供が必要なのもあったし、……なにより私は子供が欲しかった。

 自分の血を引いた、大切な我が子。生まれたらなんでもしてあげたいと子供の時からずっと思っていた。

 多分、家族が欲しかったんだろう。満たされている今なら分かるが、血と刃と毒で周囲を疑い続けた幼少期。血の繋がった家族から向けられるそれが酷く寂しくて、孤独だったから、自分が家庭を持ったのならそんなものに恐れることがないように、兄弟同士で争い合わなくてもいいようにしてあげたかったのだ。…そして、幼かった頃の自分を救った気持になりたかったのだ。……愛されたかったのだろう。少し恥ずかしいけれど、多分それがあの頃の私の本心だった。


 だから、最初の妻との間に子供ができたと知ったときは嬉しかった。本当に、嬉しかった。柄にもなくはしゃいで、故郷から羊毛を大量に仕入れてベビー用品を仕立てるくらいには。…疎ましく思ってた故郷とのやりとりも、気にならないくらいには。

 でも、それが裏切りでできたものだと知ったとき、「あ、やっぱり」と酷く落胆した。

 妻は執事と不倫をしていたし、まぁ子供のできるようなこともしていたことも把握していた。でも、まさか政略で結ばれた夫婦の最初の子供すら托卵する馬鹿だとは思ってもいなかった。もう正直なところ怒るとか憎むとかどうでもよかった。ただひたすら心が沈み、少しばかり酒に逃げたのは苦い思い出である。挙げ句の果てにこの情報をもってきたのは妻の妹であり執事の妻である妹王女。とんでもないダブル不倫な上にとんでもない王宮スキャンダルである。情けなくて泣きたくなったし実際部屋に戻って沢山泣いた。俺は王族として教育されていたから耐えられたけどそうじゃなかった耐えられなかったと思う。

 執事の妻が妹王女であることは知っていた。知っていたしそんな関係でダブル不倫とか本当度胸あるな……と正直引いていたし妹王女には一方的にシンパシーを感じていてそれなりに彼女の心痛を思って色々手配をしていた記憶がある。それを逆手にとってこちらにアポとってきたときは胃薬を準備し、そして無事にそれは空になった。あの時の私は世界で一番情けなかったと思う。

 おまけに妻と執事の恋文が酷いのなんの、ここまで私のことをこけおろすか???するにしても限度があるだろ????恋って人をここまで愚かにするのか??というかこれ妹王女のことも妻は悪し様に罵ってるぞ??大丈夫????妹王女これ読んだの????甘いもの食べる????おすすめは蜜糖のパンケーキだよ今度つくらせようか???とずっと頭にそんな考えが降っては湧いて最後の方は笑うしかできなかった。


「私、ゆるせないんです。」


 ぽつりと、妹王女──オリヴェイラがそう呟いてのを聞いて、一気に現実に引き戻されるまでは。


「私、二人が思い合ってるのは別にいいんです。…でも、私……お母さんになるのが夢だったんです。夫と、仲良くして、二人の間に子供が欲しくて……でも、ここまでこけにされて……我慢するの、馬鹿らしくなっちゃいまして。」


「つきまして、ご相談があるんです。」


 にこり、儚げにそう笑って、でも瞳だけはギラギラとずっと炎で濡れていて─怒っているのだと、憎んでいるのだとなによりも雄弁にその瞳は語っていた。


「お姉様と離婚して、私と再婚してくれませんか?」


 あぁ、私も、怒っていいんだなと生まれて初めてストンと何かが胸に落ちた音が聞こえた。


「……私ね、子供は最低三人欲しいんだよね。」


 まぁ、と彼女は扇を開く。驚いたことを、虚を衝かれたことを必要以上に演出しないそれは、妻の──エリザベータのヒステリーに常に晒されていた自分には酷く新鮮だった。


「勿論子供は授かり物だし、産む側の女性の負担もあるから、一人だけでもいいんだけれどね。………私も、ずっと…愛する家族が欲しかったんだ。」


 だから、彼女の復讐に全て乗っかろうとそう思った。

 知っていたさ、かつての妻、エリザベータ。君が常に余裕がなくて、母親に怯えていて、父親に頼れなくて、妹達を怖がっていたことくらい。だから、君の孤独を支えていた執事との逢瀬を見て見ぬ振りをしていたし、踏み込まなかった。…注意したことすらなかっただろう?でもさ、

 限度ってあるんだよね。誰もが、許せない最後の一線って、あるんだよね。


 僕とオリヴェイラにとって、それが子供を産むことだった。







 結局、最初の妻との結婚生活は2年に満たなかった。その後、彼女が療養に入ったことにして遠ざけて、更に1年かけてオリヴェイラと再婚したのが今から大体17年と半年ほど前のこと。

 エリザベータ派閥の人事を一新して、オリヴェイラ好みの部屋を整えて、結婚してすぐ身ごもった彼女と一緒に次期女王と王配として公表されたのは更に数ヶ月後、十月十日を経て生まれたのは私譲りの黒髪に肌、彼女譲りの瞳をもつ健康な男の子。これは二人揃って何度も夢ではないと確認して、幸せだと互いに笑い合ったことを今でも思い出せる。

 その後、長女のヴィクトリアと次男のオズマンを授かり、幸せの絶頂にいたとき、忘れ去っていた故郷からの手紙がやってきた。


 父である国王が、崩御したという知らせだった。

 手紙に書いてあることは多くはなかった。ただ、友好国として、かつてあの国の王子だったものを王配とする国として、葬儀に参列して欲しいという、それだけ。でも、実際に妻と共に葬儀に出席したときに、彼らの本当の要求がなんであるかはすぐに理解できた。


 彼らは、私達の息子を、長男のイグナシオを人質として欲していたのだ。

 ……彼ら曰く、イグナシオは私譲りの黒い肌をしている。なら、同じ肌をもつこちらの国の方が過ごしやすいかもしれないとのことだった。しかし、この魔窟で過ごしていた私には分かる。

 こいつらは、つまり、イグナシオを手元に置いて、ウォールリリーからさらなる富を奪い去りたいのだ。

 私が婿入りしてから、ウォールリリーは更に富に溢れた国になった。鉱山から本当に金や他の金属が出た。それにより、もともと水が多いことで工業が盛んだったウォールリリーは真珠や植物の保護をしながらも飛躍的に成長している。…元々、私が婿入りしたのも、この国がウォールリリーを属国にすべく打たれた一手だった。

 理解はする。国としては当然の処置だ。国を富ませることこそ、王家の仕事だ。

 ──だが、納得などできるはずがない。


 私の家族だ。私の息子だ。お前達から離れて、ようやく得ることのできた唯一の、私だけの宝物だ。息子から妻を、妹を、弟を取り上げる?そんなこと許せるはずもない。父親として、けして許せない。ならば、ならば、


「はは、そんなことより兄上達。今日は父上をしのぶ日です。……土産物もたくさん用意してあるのですよ。そちらを紹介させてください。」


 我慢など、する必要などない。そう教えてくれた人も、すぐ隣にいる。






 私は、生来怒ることが得意ではなかった。疲れるのだ。怒ることはとても、本当に。

 怒りは持続しない、怒りを抱えて生きていくことは難しい。そんなことより、草花や動物達を愛でる方がずっといい。…だからこそ舐められて、兄弟達からも、その母親達からも毒を盛られ続けていたのだけど。でも、草花や動物達を愛でていたから、色んな毒を知っていた。解毒方法も、沢山。

 そんな私にとってウォールリリーは宝の山だった。知らない植物が沢山あった。知らない毒が沢山あった。……薬と薬を、複数掛け合わせて人を殺せるだなんて、初めて知った。


 その時の興奮はもう今世では二度と味わえないだろう。妻のもうひとりの姉が、かつて妻だった女に対して盛った薬は本当に素晴らしかった。

 苦しめて苦しめて殺す、そんな怨念を形にしたようなその毒は、とてもとても魅力的で、美しくて、悍ましくて、──だから兄上達にも盛りました。私が盛られていたように、同じように。


 バタバタと、私が去ってから故郷では人が死んでいく。当然だ。ありとあらゆる薬酒を私は土産の一つとして兄に献上した。

 薬酒はただの薬酒だ。別に毒を渡したわけではない。ただ──ほんの少しだけ、兄の周囲にいる人達には飲み合わせが悪い薬が入っているだけ。

 兄は昔からある鳥の内臓が好きだった。兄の周囲のもの達も、兄と共に食卓を囲むなら常に口にしている。それ。

 その鳥は悪食で、百足やサソリなど毒の多い虫を好んで食べる食性を持っていた。強い男は、そんな毒を持つ鳥を狩って食べることがその証明なのだと、故郷では伝統となっている。兄は自分の強さを誇示するために、好んでその鳥を食べていた。

 さて、毒虫を食べるから当然その鳥にも毒は貯まる。しかしこの鳥は時折その毒を打ち消すために好んである薬草を食べるのだ。そして、万が一にも鳥の毒で死なぬように、その薬草は鳥の料理にもよく使われる。

 肉親の喪中で肉と酒を食らうことは禁じられている。なら私達が帰って喪が開けた瞬間、兄達は待ちきれないとばかりにその鳥を食べるだろう。──私が持ち込んだ酒と共に。





 結論として、国王が死んですぐまた次の国王が死んだ故郷は、こちらに構っていられなくなった。兄の死は食中毒と言うことになり、今や弟達が国王の座を巡って争い合い、大変なことになっているとか。ざまぁない。


 これで、子供達はこの国で共に過ごすことができる。互いに笑い合い、尊敬し合い、認め合うことのできる、この穏やかな陽だまりの中で。

 勿論、これから先喧嘩をすることもあるだろう。互いのことでわかり合えないこともできてくるだろう。特に、長男のイグナシオは私譲りの黒い肌だ。この国で生きていくには少々奇異な目で見られることもあるだろう。──迫害されることも、あるかもしれない。それでも、


 この子達が望むならまだしも、そうでもないのにあんな魔窟へいかせられるわけが無い。約束、したのだから。











「……イグナシオ、もし父上の故郷からきてくれっていわれたらどうする?」


 昔、そう聞いたことがある。黒い肌を揶揄われて、むくれた顔をしながら私の足元に隠れに来たイグナシオ。

 その言葉にイグナシオはパチリと目を瞬かせた。妻とよく似たその顔をむん、と歪ませて考え込んでいる。その姿すら、愛おしい。


「……いやだ。僕は、ヴィクトリアとオズマンを守るために騎士になりたい。父上の国にいったらなれないだろ?」


 むすっと音が出そうなくらい、子供らしく口を尖らせながらそういって、そっと不安そうに手を握られる。


「……いったほうが、いいの?」


「いかなくていいよ。」


 手を握り返す。私よりほんの少しだけ高いその温度。守らなくてはいけない、幼い子供。


「約束するよ、イグナシオ。君が望まない限り、私の故郷に君はいかなくていい。…あそこには蜜糖のパンケーキもないし。」


 そうなの!?!?と驚愕する我が子の顔がおかしくて、思わず笑って頬を撫でる。


「でも、行きたくなったら言うんだよ。…寂しいから父上はもうちょっとここにいて欲しいけど。」


 なにそれ、とくすくす笑うその笑顔を、絶対に曇らせはしないと己に誓った。そのためなら、修羅にでもなんにでもなってやると、そう。









「兄上!!」


 息子が嬉しそうに笑っている。兄を慕う幼い弟が兄の健闘を称えるように、誇らしげに。


「ただいま戻りました。……オズマン、応援ありがとう。いったとおり、兄上は強かっただろう?」


 子供が嬉しそうに笑っている。弟にたいして自慢するように、慈しむように。


 ──そう、お前達は知らなくていい。兄弟同士で殺し合う地獄を、これから先起こりうる、沢山の苦しみも、大人達の策謀も。そのために私はいるのだから。


「さ、表彰も終わったことだし帰ろう。ヴィクトリアと陛下がいまかいまかと待っているよ。」


 お前達の幸福を守るためならば、いくらでも。この手を汚すことなど躊躇いはしない。

 ……あぁ、本当に、






 兄を殺して本当によかったなぁ!

王家ってどこもこわいねー、ってこと

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― 新着の感想 ―
今の女王様含め、前々代の王子が亡くなったために道を踏み外した?人が多々居ますが、王子様は未だに慕われているのでしょうね。 とにかく前代の女王様は、他人の、特に身内の地雷を踏みすぎましたからね。 まぁ大…
わーい、一般通過だ!
誤字報告でお伝えできなかったのでこちらから、一番上の説明文一般通過が一般通貨になってしまっているようです。 大切なものを何としてでも守る素敵な夫でありお父様とても面白かったです!
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