ワイと【デルタールエルフ】
【聖賢者状態】
名詞。エルフ語。幻微笑によって導かれる心身のモード。
「びっくりしたあ……ぇなんなん、これ?」
「あなたは召喚されたのです、【召喚デーモン】よ」
大好きなヌードル食べる、ひと口め寸前。
ワイは『異界』に、降って湧いた。
「召喚て……デーモンて……けどほんまや、自分らの耳とがってる……!」
それに、みんなめっちゃ美男で、髪さらっさら。
「最近はすんなり理解してくださる他次元存在が多くて、助かります。あなたなら、私たち【デルタールエルフ】をこの戦いから救ってくださるかもしれない……!」
「デルタールて。いまにも滅びそうな名前やん……」
「【キルマニヨン】……! 名前だけでそこまで……! 兄上がた喜んでください! この方こそ本物の【救世魔】です!」
そう喜んでよるそばでワイ、
「ちょお待って! ワイ、フルチンやんけ!」
「【召喚デーモン】がそんなことを気にしてはいけません。さあこちらへ、戦場へ……!」
一糸まとわず、神殿から連れ出された。
聖なる丘から、見下ろせば。
荒野に群れなす、胸筋ムキムキのバーバリアン系軍団。
全員ファンタジーアートから抜け出てきよったみたいな、濃いぃ豪傑たち。
「あれが我々の敵種族、野蛮なる【マニヨン】です……!」
「ん、確かに強そうで『マニヨン感』あるけど……いや無理、ワイ能力とか全然……!」
「彼らは我々をどぎつい欲望むきだしで襲い、虜囚にして、もてあそぶのです……! またの名を【吸液鬼】……!」
「待ってくれや! ワイ裸やねんで?」
「彼らは美を好む種族です」
「言葉選ぼうや……これでもモテるほうなんやぞ……!」
「ともかく撃退せねば。あなたがそんな世界へ帰るためにも」
「……。そういえば、向こう、武器持ってへんな? 目的が目的やから当然なんか……? ほんでも、なんでこちらも武器持ってへんの?」
「【デルタールエルフ】は、魔法によって立つ種族です……来ました! 敵襲!」
筋肉集団の群れが、動いて。
ありあまる活力の津波と化して、せまり来る。
「見ていてください……! これから始まるのは、『投射』対『接近』の戦いです」
「とび? じか? ……ほんまや!」
エルフの前衛部隊が『魔法のスマイル』を放つ。
まぶしく輝く歯並びの幻影が白い軌跡をひいて飛び、目標を追う。
ほんで、【マニヨン】らの、あの獰猛な眼に次々に命中する……!
「【飛歯鳳聖】の魔法をかけられた【マニヨン】は、性欲を強制閉鎖され、長期にわたって【聖賢者状態】になります。こうなった彼らは、もう無害です。そう、たとえ目の前で、どんな光景がくり広げられていようと……」
ほんま、そのとおり。
きらり、『スマイル』が命中した【マニヨン】らは、その場に座りこみ、ぼんやり戦いを眺めてる。
「ですが、もし、こちらの魔法をかいくぐられ、【マニヨン】に直接、唇を押し当てられると……」
抱きすくめられたエルフらが、くたり、となって相手の【マニヨン】に身をゆだねていく……!
「催淫作用のある唾液を皮膚や粘膜ごしに吸収させられ、あとはされるがまま……!」
「……その場でおっぱじめてるやん……!」
「発情させられた【デルタールエルフ】は、自身の全魔力を解放して、不可視・半無敵の防御結界【天情】を張るため、もう幻微笑は届かない……」
「……結界が不可視なんやね……」
「このままでは、皆が汚されてしまう! 【召喚デーモン】よ、あなたの力が必要なのです!」
「ワイに出来ることあるやろか……?」
「あなたには【空気】を読む力があるのです!」
「ぇくうき? まな? どっち?」
ワイと話してるエルフの兄ちゃんが素早く歯を見せては隠し、『魔法のスマイル』を三つほど作った。
他のエルフも、同じようにしてる。
それら浮遊する幻影の歯並びを全部、ワイの両腕いっぱいに抱えさせて、
「【召喚デーモン】よ、すべてをあなたに託します! 【マナ】の流れに乗せ、我々の魔法を敵に命中させてください……!」
「そんなん、『流れ』なんかわからへん……!」
結局、【マナ】の流れはワイには読めんかった。
狙って投げてはみたものの、『魔法のスマイル』は一個も命中せん。
ワイと、ワイと話してるエルフの兄ちゃん以外の全員が【マニヨン】の餌食になった。
神殿の隠し部屋に潜んで、ワイら二人は、丘で繰り広げられる事態を目ぇむいて見つめた。
マッチョが、美男を、組み敷いて動いてた。
「なんか、ヨーロッパ絵画とかに出てきそうな情景やな……神話じみてるというか……」
とは、口に出しては言いかねた。
「兄上がた……! なんて、おいたわしい……!」
ほんでも、なんでか悲劇的な印象は受けへん。
いろんな体臭が入り混じったどえらいにおいが、風に乗ってここまで漂ってくる……。
エルフの兄ちゃんが、ぽつりと告げた。
「……次の神殿村まで【旋回行軍】します」
行く先々の戦場で、エルフ軍は負け続けた。
あるとき、気づいて、
「あれ、自分の……」
間違いない。
エルフの兄ちゃんの言う『兄上がた』が、部分鎧つけて【マニヨン】の軍勢に加わってよる。
なんとなく、顔も手足もいかつく日に焼け、筋肉質で、【マニヨン】に寄せてってる気が……。
「【デルタールエルフ】は一度【マニヨン】に屈服すると、肉体を鍛え、彼らの陣営に加わるのです」
て、エルフの兄ちゃんが目伏せて、言うた。
「変わり身、早すぎひん……?」
「そして、彼らに抱かれるまま【マニヨン】との不浄の子を産む……!」
「はあっ? 男同士で? 女は?」
「……オンナ、とは?」
「……まあええわ。ほんでも『不浄の子』はないやろ? ひどいやんか」
「我々は純血を尊ぶ、高貴な種族です」
「ああ、こら勝負にならんわ……」
エルフ側の尻すぼみは、目に見えてる。
「ほな、訊くけど……どうなったら、自分らの勝ちなん? 自分らが勝たんと、ワイ召喚した魔法の効力消えへんねやろ?」
「電撃的な反転攻勢による『大打撃』、そこからのこちらに有利な『均衡と対峙』……! 当面は、そこへ持ちこむことがこの戦いの目的です」
「泣けてきたわ。先長いなあ……」
負けは、続いた。
エルフの神殿村は次々に落とされ、『逆転への切り札』らしき【召喚デーモン】にとっては、針のむしろ。
最後の神殿にまで退却させられ、残りの全エルフがそこに集結した日の、たそがれ時やった。
「【デルタキルマニヨン】……我々には、もう、これしかありません」
エルフの兄ちゃんが、静かな顔でそう告げた。
「でるたきる……て?」
「【飛歯鳳聖】の幻微笑を、一人ひとりのエルフが握りしめ、【マニヨン】めがけて疾駆前進、自分ごとぶつける戦術です」
「それって……」
「【デルタキルマニヨン】は、『特別なる攻撃』を意味する古代エルフ語です」
「そんなとこやろ思たわ。あんなあ……」
て、ワイは言うた。
「その言葉、『捨て身の絶望突撃』とかに変えたら……? 誤魔化したらあかんて……」
「誰のせいだと思っているのです!」
怒りもあらわやった。
エルフの兄ちゃんが、声あらげた。
「けだもののような敵に勝つには、もうこれしかないというのに……!」
「待てや、自分ワイのせいやて言いたいんか? ほんなら言わしてもらう!」
つられて、つい語気が強なった。
「けだもの言うけど、向こうさんのほうがよっぽど、こちらの動きも戦法もちゃんと研究してきてるやんけ! なにより、向こうは君らのこと正当に評価しとる。君らエルフを物にするときのあの目、賛嘆がこもっとるやないか!」
黙りこんだエルフの兄ちゃんに、ワイは続けた。
「よう聞き。自分らには『評価』も『危機感』もないねん。我々は高貴、私は洗練されてる、エルフは恐れへん、ほな、なんでこんなに負けとるんや? 君らが自分から……!」
角笛がとどろいた。
いまではもう、耳なじみになった【マニヨン】の陣触れの角笛。
神殿の丘から見渡せば。
平原を埋めつくす、ワイルドでミケランジェリックなマッスルアーミー。
完全に包囲されとった。
誰もが『これが最後』と、覚悟してるみたいやった。
エルフらが次々に出ていく。
ある者は雄鹿に乗り、ある者は『浮遊の魔法』で地上数十センチをすべるように、ほんで、ある者はみずからの細い脚で、なだれを打って。
彼らの言う【デルタキルマニヨン】を、敵軍に仕掛けるために。
つかまれ、引き倒され、のし掛かられて、唇を、ほんで、それ以上を奪われていくエルフ軍。
抱きすくめられた彼らの表情がどんな風やろうと、陵辱には違いない。
「さようなら、【召喚デーモン】よ」
エルフの兄ちゃんが、笑ろうて、言うた。
自分の手に『魔法のスマイル』握りしめて。
「こんな世界に召喚してしまって、本当にすみません……でも、いつかきっと、元の世界に無事帰ることのできる日が来ます! 短い間でしたが、ありがとう……! 僕は思います。あなたなら【マニヨン】たちの獣欲の前でも、やっぱり大丈夫……!」
まだ言うか。
エルフの兄ちゃんは、いついかなるときも肌身離さずつけてたシンプルやけど吸いこまれそうに繊細に光ってよるペンダントはずして、ワイの首にかけ、
「代々つたわる誇りと栄光の品です。なくすといけない。どうかあなたが持っていてください」
それから、ついでというふうにワイの頬に唇かすらして、笑ろて。
駆け出した。
イケメンぞろいのエルフの中でも、一番の美形や。
すぐに【マニヨン】が十数人、目の色変えて走り寄る。
ワイは、知らず、進み出ながら、胸に抱えた『スマイル』を懸命に投げた。
一つも、当たらん。
言われ続けた【マナ】も読めんし、見えへん。
エルフの兄ちゃんが囲まれ、二の腕つかまれ、首つかまれて、仰向けに倒された。
悔しげな叫びと一緒に、彼の手から『スマイル』が転がった。
ワイは、そのとき。
自分の脳の血管が切れた音、聞いた気して。
「当たらんかい!」
わめいて投げた幻微笑が、こっちゃ向いた【マニヨン】の顔つらぬくように、ぶち当たった。
どう見ても、【マニヨン】のほうからすすんで命中されにいったようにしか、見えんかった。
ワイは、ついに【召喚デーモン】としての力の一端に、たどり着いた。
「ああ、【召喚デーモン】よ……!」
エルフの兄ちゃんの、喜びの声。
「【キルマニヨン】……! あなたの【魔界語】は……【マニヨン】を従わせることが可能なのですね……!」
「当たれや! 当たりっ! 当たりよし!」
ワイは夢中で投げた。
面白いように、ていうか、実際面白い。
ノーコンが投げる『スマイル』に、自分から当たりに行ってくれる蛮族軍。
されど、しかし。
ワイのこの『能力』も、ここまでやった。
「【キルマニヨン】……! 【ピグマニヨン】……!」
て、エルフ軍の誰かが、恐怖にあえぎながら叫びよった声。
「なんや、いまの?」
尋ねつつ、手ひっぱって助け起こしたワイに、
「【ピグマニヨン】……! 【マニヨン】の上位種族、『伝説の悪夢』です……! ああ、あそこに……!」
エルフの兄ちゃんは指さして、身ふるわせた。
丘のすそ野に、新たな軍団がおった。
全員、裸やった。
身長は【マニヨン】のほとんど倍。
体形は、はっきり言うて『立ち上がった熊』、まるで『ぬりかべ』。
顔は大きく、首太く、腕も胸も腹も脚も剛毛におおわれ、手も足もアホみたいにでかく……!
頭の左右に、水牛みたいなごつい角。
「当たってや……!」
相手に聞こえるよう、わめいて、ワイは幻微笑を投げた。
異形のモンスターらが、こちらへのしのし向かってくる。
幻微笑が、先頭の【ピグマニヨン】に当たる寸前。
「AAAAAAAAAAAALL……!」
標的が発した吠え声によって、『魔法のスマイル』は空中でこなごなに分解した。
エルフの兄ちゃんが、その場にがくり、膝落として、
「もう、おしまいです……なにもかも……!」
彼の言うとおり、【ピグマニヨン】の軍勢が手近のエルフたちをつかみ、かかえて、舐めよりながら、こちらに攻め寄せてくる。
「……! 当たり! 当たれ! 当たりーやっ!」
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAALL……!」
ほんでも。
ワイは。
エルフの兄ちゃんとは、まったく別の意見やった。
なんで、そうなったんかは、わからん。
何がしかの『チャクラ』でも開いたんか。
それとも、あのものすごい【ピグマニヨン】らが、ワイをも好む『性的雑食』に見えたんか。
ともかく、ワイは、初めて、【マナ】が見えた。
それは、無色透明な宙舞う『クソガキども』やった。
くすくす笑いながら、あちこちで楽しげに飛んでよる。
飛びながら、エルフの足元に石転がして、こけさしたり。
いきなり【マニヨン】の髪の毛ひっぱって、びくってさせたり。
遊んでよる。
ただ、遊んでよる。
ワイがぼんやり『スマイル』投げても、当たらんはずや……。
「おまえら! なにやっとんねんっ!」
ワイの怒声が届いた範囲、全員の【マナ】が、おびえた顔で動き止めよった。
いけるやん……!
ワイは、残りの幻微笑、全部放り投げて、自信たっぷりこう命令した。
「当たらさんかい!」
しゃんとなった【マナ】らが、一人一個ずつ、幻微笑両手で大事そうに持って【ピグマニヨン】に向かって飛んでいく。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAALL……!」
幻微笑は、吠え声を物ともせんと【マナ】に守られたまま……。
驚愕する【ピグマニヨン】の眼へ、手当たり次第に押しつけられた。
形勢、逆転や。
ワイは【マナ】をこき使い、【ピグマニヨン】を片端から【聖賢者状態】に落としこんでいった。
エルフの幻微笑つついて、その軌道をでたらめに変えとった【マナ】も、いまはご機嫌とるみたいに【マニヨン】側にばっかり、いたずらしてる。
エルフ軍の、大勝利やった……。
「ありがとうございます、【召喚デーモン】よ……!」
エルフの兄ちゃんが、声はずませてワイにハグかましよった。
「ああ、ああ……! やはり、あなたは【世界の希望】……! これからもともに、肩をならべて戦いましょう……!」
ワイは、照れもあり、疲れた声で、
「もう、ワイの言葉覚え? そのほうが早いわ」
ハグし返して、そう言うた。 (『ワイと【デルタールエルフ】』完)