第八話 観察と介入、ツオチャの誘導尋問
招かれたのは、私ひとりだった。
用意されたティーカップはふたつ。余分な席も声もない——つまり今日は、ツオチャ・ラーガンと私の、一対一。
「驚いた? 女の茶会って聞くと、もっと賑やかなのを想像したかしら」
ツオチャはそう言って笑った。まるでその反応までも見越していたように。
シャオジーは小さく首を振る。「いえ……ただ、少し緊張してしまって」
分かるわ、とツオチャは頷き、紅茶をカップに注ぐ。
「たいていの人は、私とふたりきりってだけで緊張するもの。言葉の手綱を握り損ねたら最後、全部書かれるって思うから」
「実際、そうなのでは……?」
その疑問に、彼女は片目をつぶって答えた。
「ふふ、半分はね。残りの半分は、ちょっとした演出」
「あなたって、自分のこと、どれくらい嫌い?」
それをストレートに聞かれて、シャオジー・ベイガンは紅茶をこぼしそうになった。
「え、えっと……その、わたくしはただ、現実を直視しているだけで……」
「つまり、すごく嫌いってことね。いいわ、正直でよろしい」
ツオチャ・ラーガンは満足げにうなずき、メモ帳をぱたんと閉じた。
ラーガン邸の私的なサロンで姉が開いた「お茶会」と称する場は、明らかに取材会と化していた。
「で? ジージーにどうしてそこまで怯えてるの? 昔からそれなりに親しくしてたんでしょう?」
「こ、子どもの頃から社交の場でお会いしていましたが、あちらは高位貴族でいらっしゃいますし……」
「あなたが彼を“ジージーお兄様”なんて呼んでたの、知ってるわよ」
「……うぅ」
思わずカップで口元を隠すシャオジーに、ツオチャはしれっと言葉を重ねた。
「ねえ。あのとき、会合の後に紅茶をそっと置いたの、あなたでしょう?」
「……!」
「ジージー、自分でも気づかれてないと思ってたのよ。疲れているのに気づかれないようにしていたって」
シャオジーの表情が引きつる。自分の中の「言ってはいけない」気配を、言い当てられたようで。
「あなたは彼の“笑顔の裏”を見た。けれど自分がそれに気づいてしまったことを、申し訳なく思ったのよね。まるで、自分が踏み込んではいけない領域に触れてしまったように」
——なぜ、分かるの?
シャオジーの目が無言で問いかける。ツオチャはにやりと笑う。
「私はね、嘘の笑顔と、その笑顔を見抜いた人間の顔に、目がないのよ」
静かに置かれた言葉。シャオジーは気づく。
このお茶会は、観察の場であると同時に、介入の場でもある。
「じゃあ最後に一つだけ聞かせて。あなた、ジージーのこと、どう思ってる?」
……その問いに、シャオジーはすぐに答えられなかった。
ただ、心のどこかがほんの少しだけ、暖かく、苦しくなる。
「……ポジティブで、まぶしくて……いつか、きっと、わたくしのことなんて見えなくなります」
「ふうん。……なるほどね」
ツオチャは紅茶を一口。唇の端に笑みが浮かぶ。
「よし、次作。タイトル確定」
シャオジーは、なぜかその笑みに戦慄した。