第七話 暴露家ツオチャの記録(執筆中原稿より)
※この回は、ツオチャが執筆中の暴露本の原稿抜粋から始まり、執筆している本人の現在視点で締めくくられます。
たとえば、ラーガン家の迎賓サロンに訪れる女性は、みな「理想の花嫁候補」でなければならない。
ミントグリーンの壁に銀装飾、選び抜かれた香りと、少しばかり過剰な気遣い。
それらは、心地よさの皮をかぶった《審査の場》でもある。
でも、今回の彼女は違った。
あの子、シャオジー嬢は、あの部屋を“戦場”だと思っていなかった。
いや、そもそも自分が“戦う立場にいる”とすら思っていないふしがあった。
それが、とても面白かった。
——
初対面の挨拶からして、見事にぎこちないのだ。
私が皮肉をひとつ言うと、彼女は一礼して、うっかり頷いて、困ったように笑った。
「ツオチャ様のご著書……読ませていただきました。あの、感想など申し上げるのもおこがましいのですが……」
そこで「胸が痛くなりました」と続けた子は初めてだった。
大抵の人間は、「感動しました」か、「参考にしました」と言うものだ。
あの子の言葉には、変な真実味があった。
——
「……あなた、感受性が変に鋭いくせに、自己評価だけ低すぎて壊滅的にずれてるのよ」
そう言ったとき、彼女は「それ、よく言われます」と笑った。
それを聞いて、私は決めたのだ。
あの子の目線で見た、ジージーの物語を書いてみよう、と。
……もちろん、本にするかは未定。執筆するだけなら誰にも咎められない。
私の筆は自由で、そして少しだけ、毒がある。
——
ところで、筆を進めるうちに、妙な影が差し込んできたのは、偶然ではないと思う。
ジージーには昔から、奇妙な同年代の交友がある。
中でも、ザンシー・ダーラオは異質だ。
あの子爵家の令息、誰に対しても笑って話しかけておきながら、ふとした瞬間に相手の足元を覗き込んでいるような目をする。
——ジージーの婚約話が水面下で動き始めてから、なぜか彼の出入りが増えたのは、偶然かしら?
もちろん、彼は「ただの気まぐれ」と笑ってごまかすでしょうけど。
それにしても、“婚約”というのは実にデリケートな案件ね。誰がどう関わってくるか、わからない。
特に、部外者を装ってひょいと顔を出す男というのは——物語の都合に合わせて登場するには、都合が良すぎるものよ。
ああいう“横やり”というのは、本人の目の前で堂々とやられると、記録には残しづらいのが難点。
だからこの暴露本には書けないかもね。……え、何の話かって?
ご想像にお任せするわ。次作の予告ということにしておいて。
——
ああ、それにしても。
あのサロンで、シャオジー嬢がふと見せた顔。
目の前のジージーの、その作りものの笑顔に気づいてしまったときの、あの表情。
……そういうところなのよ、彼女の面白さって。
そして、私の弟のいけないところって、そういう人を、見逃せないところなのよね。
ぱたりとノートを閉じて、ツオチャは紅茶をひと口含む。香りが冷めていた。
「……ちょっとばかり、姉らしいことをしてやろうと思っただけなのに」
自分の書いた文章に、少しだけ苦笑いを浮かべる。
次回作の構想は、まだ白紙だ。けれど、面白い種が芽吹き始めている。
“あの令嬢の婚約”——何やら周囲がざわついてきた気配がある。
仕掛けたのが誰であれ、煽ったのが誰であれ。物語は転がり出したら止まらない。
「さて、どこまで書いてやろうかしらね?」
ツオチャの目が、静かに、しかし愉しげに笑った。