第五話 姉と紅茶と暴露の距離
その日も、シャオジーはジージーの家を訪れた。
応接間で待っていたのは、あの、出戻り貴婦人——ツオチャ・ラーガンだった。
「いらっしゃい。最近弟とはどう?まああなたも大概もの好きよね」
悪びれもせず笑うその姿に、シャオジーは緊張から思わず一礼してしまった。
「い、いえ。あの、今日はお世話になります……」
ジージーとは対照的な、快活で挑発的な彼女の雰囲気に、最初は戸惑いながらも、シャオジーは言葉を探した。
「ツオチャ様のご著書……読ませていただきました。あの、感想など申し上げるのもおこがましいのですが……」
「あら、読んだのね。どうだった?」
「……胸が、痛くなりました」
ティーカップを持ちかけていたツオチャの手が一瞬止まる。
「私、ネガティブなので……相手を信じようとするたびに、裏切られる場面を想像してしまって。でも、ツオチャ様の本には、それでも信じようとしていた時間がちゃんと描かれていて……」
シャオジーは、テーブルの端を見つめたまま言葉を続ける。
「だから、ツオチャ様は……強い方なんだと思いました」
「——バカね。あれはね、怒りで書いただけよ。私は弱いから、吐き出さなきゃ崩れそうだっただけ」
ツオチャはふっと笑い、紅茶のカップを差し出した。
「でもまあ、悪くない感想ね。あなた、感受性が変に鋭いくせに、自己評価だけ壊滅的にずれてるのよ。面白い子ね」
言葉は容赦ないが、その調子に、シャオジーは少しだけ気が楽になっていた。
「……それ、よく言われます」
「でしょ? じゃあ、もっと自分のこと観察してみなさい。ついでに、私がシャオジー嬢目線で弟の暴露本書くとどうなるかも、想像してみて?」
「ひ……!」
ツオチャが笑う。
からかいながらも、その目はどこか真剣だった。
自分のことをもっと観察してみる……それは、自分の至らないところを数え上げて、のたうち回るいつもの儀式とどう違うのか。そう思いながらも、ツオチャの筆の根底に感じた、容赦ないけどどこかにその対象を全否定は決してしない救いのようなものを思い出す。それがたとえかつての夫の不誠実な行状を糾弾するものだったとしても。
整った外見以外には一見共通点が無さそうな姉弟、でもどちらもやはりラーガン家の人間だった。
ツオチャが自分をどんな風にとらえて書くのだろう?半分は怖いもの見たさであっても、そんな思いがふとよぎったことに、自分でもシャオジーは驚いた。