第四話 紅茶の香りと添えられた温もり
視点が定まらない
ジージー・ラーガンという人物を、私はずっと「太陽」のようだと思っていた。
淡い金髪をやわらかく撫でつけた髪型。
琥珀色の瞳には、常に微笑が浮かんでいる。
優美な立ち居振る舞いと、丁寧すぎない自然体の言葉遣い。
朗らかで、軽やかで、優しくて、誰のことも否定せずに受け入れる。
私がどんな妄想をこじらせようと、彼は笑って「面白い」と言ってくれる。
その明るさは、私のような陰気な令嬢には、まぶしすぎて時に見上げるのもつらいくらいだった。
対するツオチャ様は濃いブロンズ色の髪を肩でゆるく巻き、深紅の口紅とシャープな眼差しが印象的な方だ。
華やかな衣服と、言葉の裏に滲む“知っている者”の余裕。
彼女が笑えば、それは社交界のどこかの秘密を一つ暴いたかのような雰囲気をまとう。
ごゆっくり、また近いうちにね、と意味深な笑いでツオチャ様は部屋を出て行かれた。
「本当に、シャオジーは来てくれるんだな」
ジージー・ラーガンは、そう呟くように笑った。
ベイガン令嬢がラーガン家を訪れたのは、今回が初めてではなかった。親同士が旧知の仲なのだ。ジージーもベイガン家に何度も訪ねている。
「約束ですから……。あのとき、『じゃあ、次はうちに来てね』って、お兄様が言ったでしょう?え、まさか、来てはいけなかった?社交辞令を間に受けてしまった?」
「いやそれは大歓迎ですよ。そうじゃなくて、君がそれを覚えていてくれたことにちょっと感激してる」
いつもの柔らかい微笑みにシャオジーはやや顔をそらし、紅茶を置いた。
「わたくしは、礼を欠かさないようにするタイプです」
「そうだった。君はいつだって、律儀で、まじめだ。そして……」
ジージーの声がほんのわずか揺れた。
「君は……無言で、そっと紅茶を差し出してくれるから」
その言葉に、ジージーはゆっくりとまぶたを閉じた。
まぶたの裏に浮かぶのは、かつての一場面——あの日の応接間。
長引く会合のあとで、彼はソファに深く身を沈めていた。
外面はにこやかだったが、それは他人に気づかれないように貼りつけた笑顔。
彼の家では「ポジティブであれ」が鉄則だった。上に立つ者の器量として。
そのとき——ふと、そっと近づく気配がした。
何の前触れもなく置かれた、温かい紅茶。
目も合わない。言葉もない。
ただ、震えるような指先がそっとカップを置いた。
それが彼女だった。
気づいたのか? と、彼は思った。
僕の疲弊や空虚に。
だが彼女は、問いただすでも、慰めるでもなく、ただ静かに背を向けて去った。
その背中に、ジージーは「優しさ」ではなく「共鳴」を感じた。
きっと彼女も、自分の抱える何かに誰かが気づくことを怖れている。
けれど、気づいてしまう人でもある。
そして、気づいていることを他の人に気づかせまいとする人だ。そんなところ、案外僕と似てるんじゃないかな?
だから、あの紅茶は——沈黙のうちに差し出された、祈りのようなものだったのだ。
ジージーは今、そんなことありましたっけ?と眼を泳がせる目の前の彼女に微笑みかけた。
絶対に覚えているよね、そういうところだよ。
「君が来てくれただけで、今日は十分だ」
照れくさそうにシャオジーは口をすぼめる。
「なんですか、それ。ずるい言い方です」
「ずるくていいんだ。だって、今日の僕は、君とお茶を飲む時間のために全部がんばったから」
彼女は小さく噴き出した。
きっと、自分のことを小さく見積もっているに違いない。
でも、そんな彼女が静かに誰かを支えていることを、ジージーは知っている。
(君は、もっと自分に優しくしていい)
その想いを告げるには、まだ少しだけ距離がある。
けれど、それを詰める日が来ることを、彼はもう疑っていなかった。