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第三話 外交は笑顔とお茶菓子で

 ジージー・ラーガンの屋敷は、華美すぎず、無駄もない。

 高位貴族にしては質素にすら感じる造りだが、細部の意匠や庭の手入れ具合に、丁寧な矜持が滲んでいた。


「ようこそ。いらっしゃい、シャオジー嬢」


 迎えてくれたのは、ジージーではなく――彼の姉、ツオチャ・ラーガンだった。


「お会いできて光栄ですわ。まさかツオチャ様ご本人がご応対くださるなんて……」


 礼儀正しく頭を下げつつも、私は内心で冷や汗をかいていた。


 この人は、かのベストセラー《『夫よ、あなたはフィクションにしてやる』》の著者。


 元夫の不実をこれでもかと描いた暴露本で、一躍“読むのに覚悟がいる女”の代表格となった人物である。

 元夫の浮気を暴き、慰謝料を叩き出し、その資金で出版した暴露本が累計発行50万部突破中の女傑。

 社交界で彼女を知らないものはいない。


「ジージーはお茶の用意中なの。彼、そういうの変に凝るから」


 ツオチャは涼しい顔で私を応接室に通しながら、ふと笑みを深めた。


「ねえ、ところで――あなた、最近“よく想像してる”そうじゃない?」


「えっ……」


 なにか……見透かされている?

 そう思った瞬間、彼女はまるで記者のように手帳を取り出した。


「たとえば《このまま婚約が公になれば社交界で生きていけない》とか、《将来ジージーが不倫して新聞沙汰になり私が記者会見で泣く》とか、《ラーガン家の家訓“生きてるだけでぼろ儲け”に適応できず胃を壊す》とか……」


「ま、待ってください! それはわたくしの、ただの――妄想というか予測であって!」


「面白いわ」


 ツオチャの眼がきらりと光る。作家の目だ。


「あなた、フィクションの原石よ。もしよかったら、あなた視点の《ネガティブ妄想式恋愛》、次作の参考にさせてもらえない?」


「……姉上、やめて差し上げてくれないかな?」


 ふいに、やわらかく割って入る声。

 見れば、銀のティーセットを抱えたジージーが部屋に入ってきたところだった。


「シャオジー嬢は外交儀礼が得意ではない。けれど、相手が何を望んでいるかを敏感に察知する人なんだ。笑顔の奥にある本音を、ちゃんと拾える。それが僕は好きだよ」


「……え?」


 あまりにも自然に、あまりにもさらりと、“好き”だなんて言うものだから、言われた本人の私の脳は、即座に意味を処理できなかった。


 けれど、ツオチャがふふ、と声を殺して笑っている。

 ジージーは紅茶を注ぎながら、あくまで普通の話題のように続ける。


「外交ってね、シャオジー嬢。結局は“相手に自分の話を聞いてもらう場”なんだ。相手に信じてもらいたければ、まずこちらが耳を傾けなきゃならない。それって、案外君の方が得意だったりするよ」


 思わず、黙ってしまった。


 私が、“得意”?

 それも外交が――?


 自分では短所だと思っていたものを、あのジージーお兄様が、そう評価してくれるなんて。


 心のどこかで、少しずつ何かが揺れ始めている気がした。


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