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レッド・シティ  作者: 最上優矢
第二章 姉さんは私を選ばない
9/11

2-3

 嫌な予感はしたのだ。

 テーブル上にあるロウソクが立てられた誕生日ケーキを前にして、バースデーソングを歌った姉さんはというと、カクテル缶をわずか一分足らずで飲み終えるなり、それから瞬く間に二本、三本、四本! と水を飲むように飲んだのだから、嫌な予感がするのは当然の流れだった。


 五本目を何口か飲んだ姉さんは、カットされたケーキに向かって罵詈雑言を浴びせた。


「姉さん……酔いましたよね?」


 哄笑する姉さん。

 その笑いが突然やんだ。


「ど、どうかしました?」

「……きみはいいよね、罪を背負っていなくて。

 あたしはね、一生十字架を背負って生きていかないといけないんだ」

「それは……人を呪い殺したからですか?」


 つい私は聞くべきではないことを、よりにもよってこの場で聞いてしまった。


 次の瞬間、姉さんは暴れ出した。

 ケーキの皿を壁に投げて割り、椅子を壁に叩きつけて大穴を開け、投げる用途では絶対に使われない家電製品などのものを次々と投げては壊し、挙句の果てには私にまで暴力をし、暴言を吐く始末。


 私は今までに味わったことのない恐怖を感じ、泣き叫ぶ姉さんを突き飛ばして、もつれる足でトイレに避難した。


 どうしてこうなった、なぜ姉さんは暴れている。

 ……そうか、私が余計なことを言ったからだ。

 私のせいだ。


 私はトイレの壁にもたれかかりながら、嗚咽を漏らして泣いた。

 トイレの外からは姉さんが喚声を上げる声が聞こえ、まだまだ物を投げつけては壊しているようだった。


 人間はこんなにも精神不安定になると、理性をなくすものなのか。

 私は生まれて初めて、狂人なるものを見かけた。


 トイレの鍵をぶち壊されたらどうすれば?


 私は頭を左右に振って、今しがた考えたことを打ち消そうとしたが、一度考えたことはなかなか取り消せない。


 さあ、どうしよう。


 とうとうパニックになり、私は絶叫を上げた。

 それに共鳴するかのように、姉さんも奇声を上げた。


 もはや、笑うしかない。


 私はゲラゲラと笑った。

 狭いトイレの中では、その笑いはヒヤリとするほどに反響した。


 そのとき、私は女性刑事の存在を思い出した。

 刑事さんからもらった彼女の電話番号が書かれたメモ用紙のこと、それも思い出した。


 私はスマートフォンがズボンのポケットにあるかどうか、確認する。


 ある。


 次に私は刑事さんから受け取ったメモ用紙がポケットにあるかどうか、震える手で確認。


 それもある。


 私はおっかなびっくりスマートフォンをポケットから取り出すと、同時にメモ用紙もそっと取り出す。


「姉さん……ごめんよ」


 私は唇を噛みしめながら、刑事さんに電話を入れた。

 刑事さんはすぐに電話に出た。


「ああ、あなたでしたか。今朝はどうも。

 ちょうど今仕事が一息ついたところで、ブラッコーヒーを自販機の前ですすっているところです。

 ……用件は?」


 こちらが名乗らなくとも、私が誰だか彼女はすぐに分かったようだった。


 私が状況を説明しようとしたとき、ケガでもしたのだろうか、耳をつんざく姉さんの悲鳴が聞こえた。

 ビクッとした私は、思わずスマートフォンを取り落とした。

 あわててスマートフォンを拾った私は「あのですね」と声を震わせながら、刑事さんに現在の状況を説明。


 刑事さんはすぐに警察官の手配をしてくれた。

 それから十分も経たないうちに、私の家には警察官が突入した。


 音と気配で察したが、姉さんは警察官がこの家に踏み込んでくるなり、急に大人しくなったようだ。


 私は警察官から「もう大丈夫ですよ」という合図で、何十分ぶりかにトイレから恐々と出た。


 私の家は確かに破壊されていたが、そこまで破壊という破壊はされていなかった。

 食器はほとんど割れていなかったし、家具もそこまで壊れていなかった。

 ただ言えば、家電製品の類は全滅に近かった。


 私は大人しくなった姉さんの姿を見るなり、ギョッとした。

 割れた皿の破片などでケガをしたのだろう、彼女は至る所から出血していて、私の家の床は事件現場のように血がついていた。

 家の中は血の嫌な臭いもしていたので、本当に事件現場のようだった。


 ……いや、本当に事件現場なのかもしれない、そう私は今さらのように事態の深刻さを思い知った。


 六人以上の警察官は、私と姉さんを会わせないようにしてくれたので、私は一度しか姉さんの姿を見なかった。


 私たちから事情を聞いた警察官は、警察官同士でやり取りをしたり、無線機で連絡を取ったりしていた。


 それからまもなくして、姉さんは警察署に連れていかれ、それを知った私は悲しみか安堵か区別がつかないため息をついた。

 あとで知ったが、そのあと姉さんは警察官による二十三条通報に基づいて、精神病院に連れていかれ、そこの閉鎖病棟で措置入院となったようだった。


 私はその日、一晩中悪夢を見続けた。

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