1-5
私は付近に停めてあった自転車にまたがるなり、姉さんは噴き出した。
「どうしましたか?」
「ん~、なんて言うんだろうね……飲酒運転の現場はここかな、って思って」
……私はおもむろに自転車から降りた。
手押しで自転車を転がしながら、私は「このあと、どうします?」と意地悪い質問を投げかけた。
姉さんは背伸びをしてから、私の自転車を小突いた。
「さすがに自転車はないかな……なんていうか、元からなかったはずのムードもぶち壊し」
「これが私の“彼女”です」
「……“彼女”は夜のパートナーにもなり得るの?」
「場合によっては」
「気持ち悪い……」
引かれてしまった。
ドン引きだ。
だが、それでいい。
この会話こそ、私らしい会話だ。
変に格好つけるほうが、私らしくない。
するとそのとき、不意に姉さんの歩き方が緩慢となり、ついには立ち止まった。
私も同じように立ち止まるが、なんとなく「どうしました?」と尋ねることをしなかった。
姉さんの目が――いつにもまして真剣味を帯びていたからだ。
やがて姉さんは小さな声で、けれどはっきりと私の目を見ながら言った。
「ワンナイトラブだったのなら、どんなにきみのことをどこまでも憎めたか。
――これじゃあ、あたしはきみのことを純粋に憎めないよ……あたし、きみのことをこれからも不純に憎み続けるのかな」
「……どうして私を憎む必要があるんですか?」
「それは……ん」
言いたいけれど、言えない。
姉さんの仕草からは、それが良く伝わってきた。
なるほど、私は自分が思っている以上に、姉さんから信頼されていないらしい。
私は息をつき、「やがてはきちんと話してくださいよ。……約束ですからね」と無理やり話を終わらせ、自転車を手押しし、先に歩き始めた。
その私を呼び止める姉さん。
振り向く私。
姉さんは私をまっすぐ見ていたが、それは私ではない誰かを重ね合わせて見ているようだった。
「どう……しました?」
「……呪い、か」
「……?」
目だけはぱっちりと開いているが、その目はこの世にいないものを見ている、そんな気がした。
私は身の毛がよだつような恐怖を感じ、思わず周囲を見回し、私一人ではないことを確認した。
そんなことをしていたら、またもや姉さんは先ほどの言葉の続きとなるものを言い出し始めた。
もっとも、それらは断片的だったが。
「あたしを呪ったところで……“あなた”はとうにこの世からいないのに……あたしは“あなた”のことが好きだった……だからあなたは“殺される道を選んだ”――」
「姉さん……?」
ハッと姉さんは我に返ったように、胸を手で押さえ、キョロキョロと辺りを見回す。
「大丈夫……ですか」
「ごめんなさい……なんでもないの」
姉さんはフラフラと歩き出し、私に追いついた。
それ以上のことを、私は聞かなかった。
というか、それ以上聞くのを恐れたからだ。
姉さんは力なくほほ笑むと、「それじゃああたし、コンビニのお茶でも買って家に帰るから」と言って、すぐそばのコンビニに足早と向かった。
「また連絡しますから」
つい私は大声を上げていた。
そうして姉さんに別れを告げ、不完全燃焼のまま、私は自転車を手押ししながら自宅まで帰った。