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レッド・シティ  作者: 最上優矢
第一章 私は姉さんを選んだ
4/11

1-3

 突然だが、私は春という季節が大嫌いだ。

 春になって外に出たりすると、不快な感じがして憂鬱になる。


 それは秋も同じだった。

 きっと私という人物は、過ごしやすい季節ほど過ごしにくいと感じるのかもしれない

 もっとも、冬は冬で精神状態を崩しやすくなるので、それが的を射ているかどうかは分かりかねた。


 唯一、普通の気分で過ごせる季節は夏だけ。

 夏はひたすら暑く、汗が出て不快でうっとうしいが、それでもまだましのほうだった。


 春の香りのする街の中を自転車で走りながら、私はそんなことを考えていた。


 やはり春は不快極まりなく、二度と嗅ぎたくない臭気を発していた。

 自転車で風を切って走っていれば、嫌でも春の独特な香りを嗅ぐことになるので、正直自転車よりもタクシーを使って目的地まで行きたかったが、今は急を要するため、そんなことに気を使っていられなかった。

 タクシーで行くよりかは、自転車を使ったほうがずっと早いからだ。


 今は姉さんの元へ急ぐのみ。


 ショットバー「レイン」には、十分足らずの時間で到着した。


 私はショットバー「レイン」の出入り口のドアを前にして、急に怖気づいてきた。

 心臓の鼓動は早くなり、呼吸は乱れに乱れた。

 臆病な私でも、勇敢になれるだろうか、そう私は不意に涙ぐんだ。


 落ちこんでいる女性を励ませるほどの器量があるとは、私には到底思えない。

 精々私ができることと言えば、おかしなことを言って人をドン引きさせることくらい。

 それ以上のことをするとなると、それは私の範疇ではなくなる。


 果たして私のような者が女性を励ましていいものかどうか。


 それについて突き詰めていくと、それではここに来た意味がなくなる恐れがあるので、これ以上は考えることをやめた。


 私は木製のドアをゆっくりと開き、ショットバー「レイン」へと足を踏み入れた。

 ブラックのフローリングに立つなり、私は自分が場違いな存在に思えてきた。


 I字カウンター席は十席程度、バーテンダーは二人。

 偶然か、それとも必然か――客は女性客、姉さん一人だけのようだった。


 姉さんはさっきと同じ服装だった。

 ということは、あのまま武蔵小杉にいたということか。


 引き締まった顔つきの男性バーテンダーから、目配せを受けた。

 私は深呼吸をしてから、姉さんのそばのカウンター席にそっと座った。


 何杯飲んだのか知らないが、姉さんは少々酔っているようだった。

 赤くなった顔がそれを物語っている。


 私はバーテンダーに適当なショートカクテルを頼んでから、姉さんに声をかけた。


「大丈夫ですか。紅葉のように顔が赤くなっていますよ。だいぶ飲まれたのでは?」

「……あたしね、本当はお酒飲んではいけないんだよ」

「それはどうして」

「精神科の薬を飲んでいるから。……飲み合わせが悪くて」


 バツが悪そうに姉さんは顔を伏せた。

 私は姉さんが飲んでいるお酒を、まるで毒物かのように凝視する。


「……大丈夫、ですか」

「そんなことより、あたしの精神のほうを心配してよ。意地悪」


 姉さんはギロリと私をにらむと、お酒を一息に飲み干した。

 聞いたことのないお酒をバーテンダーにオーダーした姉さんは、再び私を睥睨した。


 私はにらまれたことへのマゾヒズムにより、一時的にゾクッとした。

 しかし、それはすぐに恐れへと変わった。


 私は首を振って、その感情を奥に押しやった。


「今つらいことは、なんですか。あなたの気持ち、受け止めるだけ受け止めますから」

「じゃあ言うけど」

「はい」

「……きみが憎くてつらい。……あたしの手で殺してやりたい」

「…………」

「きみが憎いの。きみがあたしをつらくしている。きみを殺してやりたい」


 最初、聞き間違えかと思った。

 だが、それは聞き間違えではないことを、姉さんの二回目の言葉で思い知る。


「……どうして」


 私はそれだけ言葉を絞り出した。

 姉さんはそっぽを向くと、「そんなこと、きみは知らなくていい」とあくまでも隠したいようだった。


 私が吐息をもらすと同時に、バーテンダーからオーダーしたカクテルがテーブルに置かれた。


 私はカクテルに口を付けた。

 アルコールのクセのある苦味と果実の甘味が口の中いっぱいに広がり、私はカクテルが食道を流れてからも、後味を楽しんだ。

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