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レッド・シティ  作者: 最上優矢
第一章 私は姉さんを選んだ
3/11

1-2

「きみはこっちの人?」


 私たちはともに花壇のそばのベンチに座って、遊具で遊ぶ子どもたちを時折眺めながら、それぞれ飲み物を飲んでくつろいでいた。


 私はエレベーター前の自販機で買ったペットボトルのウーロン茶を、タピオカティーを飲み終えた姉さんはというと、ワインレッドの水筒(中身不明)を口に付けて飲んでいた。


 私は姉さんからの質問に、こくりとうなずいた。


「産声を上げたときから、私は武蔵小杉に住んでいる者です」

「産声……なんだか変わった言い方をするんだね」


 またもや姉さんは引いたように苦笑した。

 私は誇らしげに「それが私の個性ですから」と言ってから、襟を正した。


 姉さんはクスクスと笑い、私はゴクゴクとウーロン茶を飲んだ。


 一瞬だけ、私はベンチから立ち上がる。


「ウーロン茶、美味しっ!」

「……良かったね」

「はい!」


 今度の姉さんは特に笑わず、顔を引きつらせるだけだった。


 私はとうに緊張というものとはおさらばし、自身の個性を最大限まで出すことができていた。

 それはもしかすると、ただ単に浮かれているだけかもしれないが。


「ところで姉さんの水筒の中身は……なんですか?」

「ん~? なんだと思う?」


 それはまたドキドキとする返しだ。


「ずばり、飲料水ですね」

「飲料水かぁ……あたし、水が大嫌いなんだよねぇ」

「そう、ですか。水が嫌いとなると、中身は一つに絞られますね」

「え~、分かるの?」


 私は薄笑いを浮かべるだけにしておいた。

 すると、急に姉さんは私に興味をなくしたように、スマートフォンを弄り出した。


 なんだろうか、私はチラ見したい欲求に駆られた。


 それからしばらくして、私は姉さんの水筒の中身を知ることになった。


「正解。……で、これね」


 私は姉さんからスマホを受け取り、画面に映っているインターネットの記事を読んだ。


「へぇ、水や炭酸水が入ったフレーバーを取り付けた水筒、ですか。香りで脳を騙して味覚を感じさせる、とな」

「これなら私でも飲めるな、って思って即買いしたの」


 私は「ふむふむ」と言いながら、姉さんにスマホを返した。


「賢い選択ですよ。もっとも、水が飲めないのは愚かとしか言いようがないですけどね」

「そういうきみは、さっきから愚かな言動ばかりしているね。ちょっとは黙ろうか」


 なんだか水筒に入れられた水をぶっかけられそうな気がして、私は黙りこんだ。


 沈黙する私たち。


 再び姉さんはスマホを取り出すと、何かをインターネットで検索していた。


 私はチラ見することなく、素直に聞いてみた。


「……何、調べているんですか?」

「きみの本名」


 ギョッとして、私は言葉をなくした。

 そのあいだも姉さんはスマホを操作し、私の本名をネットで調べに調べていた。


 ひとしきり調べ終えたのか、姉さんはスマホをトートバッグに仕舞うと、私の顔を見るなり、にっこりと笑った。


「良かった。ネットメディアで得られる情報のみだけど、きみには犯罪歴がないみたいだね」

「はあ」


 私はといえば、先ほどから震えが止まらなかった。


 普通、本人がいる前で犯罪歴を調べるだろうか。


 なんとなく、私は目の前にいる姉さんが魔物のように恐ろしく感じた。

 それを知ってか知らないでか、姉さんは一層と明るい声で「連絡先交換する?」と若干照れたように尋ねてきて……言われるがまま、私は姉さんと連絡先を交換した。


 なんだか私は急に不安になり、小声で姉さんに「美人局では……ないんですよね」と率直に聞いてみた。

 姉さんは「まさか!」と言うなり、哄笑してみせた。

 なんだかバカバカしくなった私は「帰ります」と言い捨て、その場をあとにしようとした。


 姉さんは私を大声で呼び止めると、「ねえ、夜まで付き合ってくれないの?」というような卒倒レベルの言葉を口にしたため、とうとう私は悲鳴を上げてその場から逃げ出してしまった。


 なんという性欲に従順な女性なのだろう。


 その日の夜――私はその考えが間違っていたことを、姉さんからの返信で知った。


「武蔵小杉にあるショットバー「レイン」で会いたい。……昨日、仕事をクビになった。今すぐに会いたい。来てよ」


 私は何度か姉さんからの返信を読むと、手早く身支度を済ませ、春の香りがする外に出た。

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