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「きみはこっちの人?」
私たちはともに花壇のそばのベンチに座って、遊具で遊ぶ子どもたちを時折眺めながら、それぞれ飲み物を飲んでくつろいでいた。
私はエレベーター前の自販機で買ったペットボトルのウーロン茶を、タピオカティーを飲み終えた姉さんはというと、ワインレッドの水筒(中身不明)を口に付けて飲んでいた。
私は姉さんからの質問に、こくりとうなずいた。
「産声を上げたときから、私は武蔵小杉に住んでいる者です」
「産声……なんだか変わった言い方をするんだね」
またもや姉さんは引いたように苦笑した。
私は誇らしげに「それが私の個性ですから」と言ってから、襟を正した。
姉さんはクスクスと笑い、私はゴクゴクとウーロン茶を飲んだ。
一瞬だけ、私はベンチから立ち上がる。
「ウーロン茶、美味しっ!」
「……良かったね」
「はい!」
今度の姉さんは特に笑わず、顔を引きつらせるだけだった。
私はとうに緊張というものとはおさらばし、自身の個性を最大限まで出すことができていた。
それはもしかすると、ただ単に浮かれているだけかもしれないが。
「ところで姉さんの水筒の中身は……なんですか?」
「ん~? なんだと思う?」
それはまたドキドキとする返しだ。
「ずばり、飲料水ですね」
「飲料水かぁ……あたし、水が大嫌いなんだよねぇ」
「そう、ですか。水が嫌いとなると、中身は一つに絞られますね」
「え~、分かるの?」
私は薄笑いを浮かべるだけにしておいた。
すると、急に姉さんは私に興味をなくしたように、スマートフォンを弄り出した。
なんだろうか、私はチラ見したい欲求に駆られた。
それからしばらくして、私は姉さんの水筒の中身を知ることになった。
「正解。……で、これね」
私は姉さんからスマホを受け取り、画面に映っているインターネットの記事を読んだ。
「へぇ、水や炭酸水が入ったフレーバーを取り付けた水筒、ですか。香りで脳を騙して味覚を感じさせる、とな」
「これなら私でも飲めるな、って思って即買いしたの」
私は「ふむふむ」と言いながら、姉さんにスマホを返した。
「賢い選択ですよ。もっとも、水が飲めないのは愚かとしか言いようがないですけどね」
「そういうきみは、さっきから愚かな言動ばかりしているね。ちょっとは黙ろうか」
なんだか水筒に入れられた水をぶっかけられそうな気がして、私は黙りこんだ。
沈黙する私たち。
再び姉さんはスマホを取り出すと、何かをインターネットで検索していた。
私はチラ見することなく、素直に聞いてみた。
「……何、調べているんですか?」
「きみの本名」
ギョッとして、私は言葉をなくした。
そのあいだも姉さんはスマホを操作し、私の本名をネットで調べに調べていた。
ひとしきり調べ終えたのか、姉さんはスマホをトートバッグに仕舞うと、私の顔を見るなり、にっこりと笑った。
「良かった。ネットメディアで得られる情報のみだけど、きみには犯罪歴がないみたいだね」
「はあ」
私はといえば、先ほどから震えが止まらなかった。
普通、本人がいる前で犯罪歴を調べるだろうか。
なんとなく、私は目の前にいる姉さんが魔物のように恐ろしく感じた。
それを知ってか知らないでか、姉さんは一層と明るい声で「連絡先交換する?」と若干照れたように尋ねてきて……言われるがまま、私は姉さんと連絡先を交換した。
なんだか私は急に不安になり、小声で姉さんに「美人局では……ないんですよね」と率直に聞いてみた。
姉さんは「まさか!」と言うなり、哄笑してみせた。
なんだかバカバカしくなった私は「帰ります」と言い捨て、その場をあとにしようとした。
姉さんは私を大声で呼び止めると、「ねえ、夜まで付き合ってくれないの?」というような卒倒レベルの言葉を口にしたため、とうとう私は悲鳴を上げてその場から逃げ出してしまった。
なんという性欲に従順な女性なのだろう。
その日の夜――私はその考えが間違っていたことを、姉さんからの返信で知った。
「武蔵小杉にあるショットバー「レイン」で会いたい。……昨日、仕事をクビになった。今すぐに会いたい。来てよ」
私は何度か姉さんからの返信を読むと、手早く身支度を済ませ、春の香りがする外に出た。