襲撃、そして
夢の中の世界にいた私だが、それでも私は現実の世界からわずかに聞こえてきた、玄関扉が軋む音を聞いて――一抹の不安を覚えた。
玄関の施錠、果たしてしただろうか、と。
一度不安になれば、あとは覚醒するのみ。
そうして私は夢の世界からお暇し、現実世界に戻ってきた。
目が覚めて、布団から起き上がるなり、私はゾクッとした。
なぜって、閉まっていたはずの部屋の扉が開け放たれていて、なぜだか常夜灯はつけてあったから。
「まさか……泥棒でも入ったのか」
そう私が声を震わせながらつぶやいた、次の瞬間。
「泥棒じゃ、ないよ」
背後から聞き覚えのある声がしたかと思えば、私の左腕は刃物か何かで切りつけられた。
今まで体験したことのない激痛と摩擦熱。
左腕からは真っ赤な血が噴き出し――激しいパニック状態に陥った私は、出せる限りの悲鳴を上げた。
私の背後に隠れ潜んでいたらしい“姉さん”は、まだ血が噴き出る左腕に五〇〇ミリペットボトルを押し当て、何やらその中に血を溜めていた。
意味不明で狂った行動だった。
姉さんが正気をなくしているのなら、こんな目に遭っている私も正気ではなかった。
いつしか私は泣き叫び、姉さんに許しを請うため、その場で必死に頭を何度も下げていた。
どれくらい時間が経ったのだろう。
私が正気を取り戻したとき、そこにいたのは狂気に取り憑かれた姉さんではなく、複数の救急隊員と警察官だった。
気づいたときにはもう、私の左腕の処置は終わっていた。
やはりそれなりに出血はしたようで、布団やら床やらは広範囲にわたって真っ赤に染まっていた。
それでも傷の縫合は必要ないらしく、私はホッと胸を撫で下ろした。
安心したのもつかの間、今度は刑事とおぼしき私服警察官と話すことになり、一気に緊張の糸が張り詰めた。
どうも刑事たちは、この事件の犯人が姉さんだと把握済みのようだった。
私は刑事たちに姉さんは今どうしているのか、ダメ元で訊いてみた。
刑事たちは顔を見合わせてから、私の質問に答えた。
「それがですね、今しがた我々も知った情報なのですが……まあ、なんと言いますかね」
「なんです? 姉さんの身に何かあったのですか」
「彼女、ご自宅で亡くなられましたよ」
…………。
亡くなった?
「姉さんが……亡くなった、だって」
「ええ。毒薬を飲んでの自殺です。
それからですね、これまた狂気の沙汰ではないのですが――このことはくれぐれもご内密にお願いしますよ――、おそらくあなたの血液と彼女自身の血液を混ざり合わせた、毒薬入りの赤ワインを口にし、そのままあの世逝きだそうで」
なんだ、それは。
一体、なんなんだ。
これではすべてが謎に包まれたままだ。
姉さんの知られざる闇の過去も、彼女の不可解な言動の真意も、何もかもが解き明かされずに終わってしまう。いや、終わってしまったのだ。
どうしてだ、どうしてなんだ。
ねえ、どうして。
姉さん。
その後、私はこのあたりを管轄している警察署内で事情聴取を受けた。
事情聴取が終わった頃、空はすっかり明るさを取り戻していた。
朝だ。つらく苦しい夜が明け、朝が……やってきたのだ。
ケガをしているから、という刑事たちの計らいで、現場検証済みの自宅まで覆面パトカーに乗って帰った。
自宅である賃貸マンション玄関前の廊下には、例の女性刑事が佇んでいた。
刑事さんは私の姿を認めると、深々と一礼。
私は無言で刑事さんの隣を通り過ぎ、玄関扉を開放した。
同じく無言で、刑事さんに家の中に入るよう、私は目配せする。
またもや刑事さんは丁寧に一礼すると、先に家の中に入った。
そうだ、まだ姉さんに関することが迷宮入りになったわけではない。
刑事さんさえいれば、姉さんについての一切合切が明らかになるはず。
「……姉さん」
私の知らない姉さんとは、一体何なのか。
静かに、優しく――私は玄関の扉を閉めた。




