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レッド・シティ  作者: 最上優矢
第三章 私は姉さんを憎んだ

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謝罪

 それから二ヵ月ほど経った、ある夏の日の正午過ぎ、姉さんから再び電話があって、彼女が退院して家にいることを知った。


「今からさ、会いたいんだ。会えるかな」


 私はそのとき、ちょうど仕事終わりで、今すぐにでも姉さんの元に行ける状態にあった。


「もちろんですよ」

「あぁ、良かった」


 私たちは武蔵小杉の駅前にあるカフェ「サンディ」で、午後一時半に落ち合うことに決めた。


 前とは違い、会う場所がバーでなかったことは、個人的に私は胸を撫で下ろしたところだ。


 私は武蔵小杉にある「グラン」に立ち寄ると、チョコレート専門店で退院祝いのビターチョコレートを購入した。

 こんな暑いのにチョコレートを選んだ理由は、なんとなく姉さんにはビターチョコレートが合うからだと考えたためだ。


 午後一時半。

 私はチョコレートの入った袋を手に提げて、武蔵小杉駅前のカフェ「サンディ」を訪れた。


 二人掛けの席、そこに姉さんは腰かけていた。


 私は感動のあまり、カフェの出入り口のあたりで立ちすくんでいた。

 結局、姉さんがこちらを振り向くまで、私は身動きが取れずにいた。


 私は姉さんのいる席まで駆け寄った。


「姉さん……! 退院、おめでとうございます」

「えへへ、ありがとね」


 姉さんの嬉しそうな笑顔を見て、懐かしさを感じた私は、危うく号泣しそうになった。


 姉さんと対面になって席に座った私は、先ほどラッピングしてもらったばかりのビターチョコレートを、姉さんに両手で手渡した。

 それが退院祝いのものだと知った姉さんは、大層喜んでくれた。


「嬉しい! ビターチョコレート、あたし好きなんだよね」

「それは何より」


 姉さんに合うもので良かった、と私は密かに安堵した。


 それから私と姉さんは時間を忘れ、何時間もおしゃべりに興じた。

 とにかく、姉さんはよくしゃべった。

 姉さんが注文したアイスレモンティーの氷がすべて溶けても、彼女は話すことをやめず、ひたすら私と話に花を咲かせていた。


 それで察したのだが、どうも姉さんは長期的な入院の余波のせいか、ハイ状態にあった。


 私と姉さんによる会話は夕方を過ぎ、それは夜にまで続いた。

 それでとうとう、私は姉さんの状態に不安を抱いた。


 意を決して、私は姉さんの話を遮った。


「姉さん、そろそろ解散にしませんか」

「えっ、どうして……?」


 まるで私に見放されたかのように、姉さんは悲しそうに目に涙を浮かべた。


 たくさんの話をしたことで疲れていた私は、ぎこちない笑みで窓の外を指差した。


「とっくのとうに陽は落ちました、話なら、また明日しましょう」

「……あたしのこと」

「はい?」

「嫌いになったの……? それとも三ヵ月前のあのときから、嫌いになってた……?」


 正直、私はうんざりとした。


「姉さん、あなたには私の愛が感じられないんですか? こんなにも、私はあなたを愛しているというのに」


 姉さんは慌てふためき、私に何度も何度も謝罪をした。


「ごめんなさい、ごめんなさい……そういうつもりで言ったんじゃないの。

 ごめんなさい、あたしだって、きみのことを愛してる。

 ごめんなさい、ごめん、だからどうか見捨てないで……!

 ごめんね、ごめんね」


 沸々と。

 私の中で、姉さんを憎む感情が湧いてきた。


 ……ここのところ、私は精神状態が不安定だった。

 では、なぜ私は精神が不安定なのか?


 それは……それは。


「全部、姉さんのせいだ」

「……えっ、何、が」

「あれから三ヵ月が経ちました。あれ以来、私の心はボロボロです。

 ……どうしてくれるんですか、姉さん」

「……ごめん、なさい」


 放心したまま、頭を下げる姉さん。


「謝らないでください。謝るのなら、せめて明るかったはずの私の心を癒やしてください」

「……あたし、帰る」


 言うが早いか、姉さんは席から立ち上がると、トートバッグとビターチョコレートが入った袋を手に提げ、出入り口のほうへとフラフラと歩き出した。

 私はといえば、姉さんがこの店から出て行くのを、黙って待っていた。


 と、そのとき、自動ドアから出た姉さんが、不意に立ち止まった。


 私の心臓、それが一際強くドクンと鼓動した。


 若干の間のあと、姉さんはこちらに振り返った。


 喜んでいるような、怒っているような。

 悲しんでいるような、怖がっているような。


 そんな表情を、彼女はしていた。


「……姉さん」

「ごめんね。ごめん、なさい」


 私たちを隔てる自動ドアが、今閉まった。


 わずかな間のあと、姉さんはパッと駆け出して、その場をあとにした。


 先ほどの姉さんと同じように、私は長いあいだ、放心していた。

 放心状態、それはカフェ店員から退店を促されるまで、ずっと続いた。


 店から出た私は、やりきれない思いのまま、自宅に帰った。

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