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レッド・シティ  作者: 最上優矢
第二章 姉さんは私を選ばない

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励まし

 病院を出て少ししてから、急に私はムシャクシャし、思いっきり小石を蹴った。

 その小石は駐車場まで転がっていき、誰かの黒塗りのSUV車のボディラインに当たった。

 そしたら、運転席にいたスーツ姿の妙齢女性が笑い声を上げながら車から降りてきた。


 見間違えようがない、彼女はいつかの女性刑事だった。


「これでも新車ですからね、この車。さて、どうしましょう。

 ――あぁ、完全に傷がついていますね。さあ、どうします?」

「……謝ります。ごめんなさい」


 私は刑事さんの元に駆け寄り、頭を下げて謝った。

 けれど、彼女はそれを鼻で笑った。


「世の中謝って済むのなら、警察は要らないです。……かくいうわたくしは、警察官の端くれですが」


 刑事さんは愛おしそうに車体をなでた。


 それでいよいよ私は申し訳ないことをした、と実感。


「いいでしょう。何がお望みですか?」

「とまあ、それはそうと……車の助手席、座ってどうぞ。ここではなんですから」

「ま、まさか署まで連行ですか?」


 直前まで腹をくくっていた私だが、さすがにそんな事態は御免だ。


「……ここでは落ち着いて話ができないから、とりあえず助手席に座ってほしい、って言えばあなたでも分かりますか?」


 刑事さんは顔だけ笑いながら、そう私に圧をかけてきた。


 私は無言で車のドアを開け、いやにコーヒーの香りが染みついた助手席に座った。

 すぐに刑事さんも運転席に座ると、しばらくの沈黙のあと、私に「シートベルトを」と静かに、けれどよく通る声で脅すように声をかけた。


 私が戦慄しているのをいいことに、刑事さんはエンジンをかけて全ドアを運転席側でオートロックした。

 しかし、私がいつまでもシートベルトをしないので、代わりに刑事さんが私のシートベルトをかけた。


 私と刑事さんは自然と密着することになり、そのときに私は先ほどの姉さんの髪と刑事さんの髪、それぞれの髪の香りを比較してしまい、不自然に笑い声を上げた。

 その笑い声を聞いた刑事さん、それにそんな歪な笑い声を上げた私は、互いに至近距離のまま凝視した。


 そのときに、私は刑事さんの頬の火傷の跡をはっきりと見た。

 それは根性焼き跡のようなものだった。


 刑事さんは何も言わなかったが、その引きつった顔が私のことを「気持ち悪い」となじっていた。

 私はというと、今の狂ったような笑い声はなんだったのかと、隣にいる刑事さんに確かめたい思いでいっぱいだった。


 硬い表情の刑事さんは運転席に座り直すと、行き先も告げずに車を走らせた。


 精神病院の駐車場から出て少ししてから、急に私は自身の精神状態が不安になり、つい刑事さんに向かって弱音を打ち明けていた。


「近頃の私は私らしくないんです。普段の私はもっとユーモアに満ちあふれていた。……それが今は失われている」

「……以前のあなたのことはほとんど知りませんが、今のあなたもなかなかユーモアがありますよ」


「どこがですか。今の私など、真っ白なペンキのようにつまらない人間です」

「そうでしょうか? 先ほどの『署まで連行』発言のときにも感じましたが、あなたからは天然ボケの雰囲気が漂います。

 自覚なきユーモアほど、面白いものはありませんからね」


 見れば、いつの間にか刑事さんの表情は和らいでいた。

 そのときになってようやく、私は刑事さんから励ましを受けていることに気づいた。


 胸が温かい。


 今さらのように、私は刑事さんに行き先を尋ねた。

 そしたら、彼女はこう答えたのだ。


「あなたの自宅まで。……今のあなたは何かきっかけがあれば、爆発してしまいそうな危うさがありますからね」

「どうして……なんで。だってあなたは私のこと、嫌いなのでは?」


 私は刑事さんの優しさに反発する。


 彼女はかぶりを振った。


「あの女のことは嫌いですが、あなたのことは……まあ好きですよ。というより、守りたいんです。

 あなたがあの女の被害者にならないように、ね」


 私は唇を噛みしめ、窓の外の景色を眺めながら、静かに泣いた。


 桜が散ったあとの街の景色は、今の私にはなんだか清々しく感じられた。

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