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レッド・シティ  作者: 最上優矢
第二章 姉さんは私を選ばない

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電話

 姉さんが精神病院の閉鎖病棟に措置入院してから、十日後の午前十時過ぎ。

 姉さんからの電話が入った。


 わずかのあいだ、私は息を止めてスマートフォンとにらめっこをしていたが、やがて意を決して電話に出た。


「もしもし……」

「あぁ! 良かった……電話に出てくれた」


 姉さんは鼻をすすり、何度か大きく呼吸を繰り返した。

 私はバツが悪くなり、苦し紛れに笑った。


「電話に出ないわけないですよ。……姉さんからの電話に出ないなんてこと、あるはずがないですから」

「でも……躊躇いはしたよね」

「……入院生活は慣れましたか?」


 姉さんは引きつった声で「もうすっかり慣れたよ。今では精神状態も落ち着いたから、主治医の許可でスマートフォンや電話もできるようになったんだ。……今は電話室にいるの」

「それは……なんという進歩」


 私は入院前と入院中の姉さんの様子を想像し、胸が痛くなった。


「それとね、今日は保護室から出られたんだ」

「おめでとう。よく耐えましたね」

「それとねそれとね、今日からホールに出られるようになったんだ。……午前十時から正午までだけどね」

「そっか、それは何よりです」


 私は姉さんとの電話を早く切りたい思いに駆られ、ついそっけない言葉になってしまう。

 それは姉さんも察したのだろう、姉さんは「じゃあ……またね」と不自然に電話を切ろうとした。


 まずい、このまま姉さんを独りにしてはならない。


 私は「待って!」と叫んだ。

 電話越しからも、姉さんが息を呑む気配が分かった。


 私はというと、これまでの姉さんの喜怒哀楽が頭の中に思い浮かんだ。


 どれも姉さんだ。どの姉さんが欠けても、それは姉さんにはならない。

 どんな姉さんだろうと、姉さんは姉さんであって、それは忌避すべきものではない。

 それを私は理解していなかった。


「ご飯は……しっかり食べられていますか?」

「う、うん」

「水分補給、ちゃんと摂ることできています?」

「うん」

「風邪などには罹患していませんか?」

「……うん」

「精神崩したり困ったりしたときは、主治医や看護師さんたちにきちんと話すんですよ」

「うん……」

「姉さん」

「うん?」

「姉さんは決して独りなんかじゃありませんから。私もいます、私がいます」

「うん……!」


 嗚咽を漏らし、泣き出す姉さん。

 私ももらい泣きした。


「だから姉さん……どうか元気になってください。姉さんがいなくて、私はものすごく寂しいんです」

「うん、うん……!」

「面会できるようになったら、私は姉さんに会いに行きますから……希望を持ってください。

 あなたは独りじゃない。だって私がそばにいるのだから」

「うん……うん!」


 電話が切れた。

 姉さんが電話を切ったのか、病院の職員が電話を切ったのか分からないが、とにかく電話は切れた。


 私は電話をかけなおす意欲もなく、それから放心したようにスマートフォンの画面を何十分も意味もなく眺めていた。

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