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春雪ノ奇跡

「雪降るって!」


 2月はじめ、帰り学活の前の五分休みの時間。

 うちのクラス(一年三組)内で、話題に出ていたのは”コレ”だ。


 しかしうちのクラスだけでなく、一学年、いや全学年で話題になったことだが。

 まだ空気が冷たく、肌にひんやりと風が来るため、春と呼ぶには難しい。

 だからといって、本当に雪が降るかどうかは別だ。ちなみに私は、降らないに一票。運は信じない主義だ。

 そして、今期最後の学年末が、あともう少し。だと言うのに、クラスの子達は、『テストなんてどこ吹く風』という様子。大変呑気(のんき)である。


 まぁ、そんな事言う私も、学校ではテストをしない派の人間なため、天井に『ホゥ』といきをついたり、船漕ぎながら図書館で借りた本を読んだりとしているわけだが。

 こんな暇人には『クラスの娘と遊べば良いじゃない?』と言う、実に最もな意見が返ってくるんだろうが、私にとってはデッドボール。つまり、そんな遊べる友がいない。


 というわけで、私にとっては辛い一撃、言葉のキャッチボール失敗。

 しかし、『なぜ自分には今兄も友達ができにくいのか?』というそもそも論に至るのだが、それは自分でもさっぱりである。


 ある人C君は言う。『吉田さんって、雪女みたい。なんていうの? 体から冷気出してるっていうか…とにかくそんな感じ。』と言うわれた。言い返すなら、『私はもしチンパンジーにも、雪女にもなれない、生身の人間だ!』とエベレストの頂上から叫んでも日本で聞こえるくらいの声で言ってやる。

 つまりは、私は世の中で言う”陰キャ”の部類なのだ。たまにこうやって、自分で言ってみると少し泣きたくなるけど別に良いよね。


 コホン、チョイ話を戻すが、私が友達がいないのは作りたくないからではない! 断じて! 普通に一人は寂しいし、休日には友達とカラオケとかショッピングにも行きたいのだ。

 それで『来年は陽キャになる!』と今年も意気込んでいるのだが、去年の小学六年生のときにも同じ事を言っていた。現実は虚しい。


 今の友達がいない、ならば小学生の頃の友達はと言うと…はっきり言って小学校の頃の友達は苦手だ。うちの中学に来たの、私以外、全員陽キャだから。泣きたい、今度こそ泣いていいよね? ガチで。

 ま、またチョイ戻すが、その陽キャの中で、男子にいちばん苦手なやつがいる。東 簫(あずま しょう)だ。


 あの男に私がしたこと全てが、思い出したくもない黒歴史ばかりだ。しかも…いや、言わないでおこう。簡単に言えば、ベテにベタを塗りつけてサンドウィッチにしたあとにプラスでベタをのせても常任が絶対に手を出さない領域に入ったベタだということだ。


 そしてあいつのたちの悪いところは、そういう焼却炉に燃やして『good bay!』してほしいやつを、親切丁寧に保管してるのだから大きなお世話だ。


キーンコーンカーンコーン


 すると、チャイムの音とともにみんなの競馬が始まりだす。まさに馬の足音のようにドタドタと席へ走り、『ガシャン!』と音を立て僅かに衝撃で震えている椅子は、もう少しで壊れてしまうのではといつも心配になる。

 先生が来れば、男子が明日のことで質問をしたり、しなかったり。


「明日雪降んですか―!」

「どうだろうね」


 ほらやっぱり。しかし、先生のこういうとき(くだんない質問)の返事は鋭さ完璧である。

 そろそろかな、と時計を見ればチャイムは鳴るまで、あと十秒。

 というところで、


「起立、気を付け、さようなら」


 という声とともに、みんなが走り出した。こういうときって、ゼッタイ言わないやつ一人か二人いるよね。いや、もっとか。

 私は、いつものように肩が壊れそうなくらい重い(自分の筋肉のなさに泣ける)リュックを背負い、片手に本持ち一人帰路につく。


 しばらく歩き、あまり下校者の通らない線路沿いの道を、のんびりと小さな歩幅で歩いていると、足を止めてなんとなく空を見る。

 晴天、とまでは行かないが、一応晴れていて、太陽も出ている。空の海と言えるくらいには青く見える。

 明日、雪が降るとは到底思えない。再び足を進める。


 その時、ふと六年生の頃に簫と二人だけで返ったことが頭にポンと浮かぶ。


 あの頃は、陽キャが嫌いだなんて一ミリも思っていなかった。だから、あいつもいい友達だった。その時、臆病なのに、断られたらどうしようって心のなかで思っていても、勇気を出して『い、一緒に帰らない?』って、誘って『いいよ』って言ってくれたのがすごく嬉しかった。本当に嬉しかった。


 その後、私は何を思ったのか友達に『だ、男子と仲良くしたいと思うのって恋なのかな?』と聞いた。そして、事を犯したあとに我に返り、必死に言い訳をしようとするが、ただ口を餌を求めようと訴える(こい)のように口をパクパクさせるだけだった。


 それで返ってきたのは『恋なんじゃね?』という適当すぎる返答だった。


 いや、ありえない。『絶対にそんなこと無いんだからね!』と否定しようとするが、実際に口に出していないことは事実である。

『CHICKENか!我は!』

 とその時の私は臆病すぎる自分に、沸騰しそうなまでの怒りを覚えた。

 実際に沸騰はしていないし、自分のことなんだけどね、うん。

 で・す・が。今でも、ありえないと思う。私は、その時のことを否定するように早足で歩く。

 

 そして、その日は何事もなく、無事家についた。

 

 よる、母が『明日は雪が降るから、傘を持って長靴はいていきなさいね?』と言った。

 しかし『いや、明日は体育があるし、外かわかんないからいいよ』と言って、私は次の日普通の(スニーカー)を履いて登校した。朝、あまり雪が降っていなかったが、不運にも体育の着替え中、それは逆転する。


「授業、雪結構降ってるから体育館だって」


 誰かがそう言っているのが聞こえる。

 その瞬間、背中にヒュルリと冷や汗が流れる。


(雪が降っている。しかも、思った以上に。)


 嫌な予感がし、急いで着替えをする。窓のそばへ駆け寄れば、大粒の”ソレ”は深々と降っていた。雪だ。しかもすでに積もっている所もチラホラ。


 その後も、着々と授業を終えるが雪は一向に止まず、その日の帰り学活のあと、外を見れば一面は美しい銀世界とかしていた。遠くの屋根の上にも雪がビッシリとつもり、ふわりと霧がかかったように見える。

 少しでも雪に濡れないようにするために、本を片手に傘をさす。不安定に揺れてしまう傘を肩に乗せ、ひらりとブレザーについた小さな雪の結晶を払う。


 そうやってポテポテと歩いていると、すぐに靴や靴下が濡れ始め大洪水とかす。

 私の心には絶望しかなく、重い溜息がこぼれる。ぐっしょりと水で濡れてしまった重い靴で、なんとか足を進め、あの線路沿いまでつく。

 その時、近くに降り積もった雪の山を、雪への怒りをぶつけてけとばす。

 すると、そのひょうしに、


ズルッ


 足を見事に前へ滑らせ、後ろに倒れる。

 運良くリュックで頭を凍った地面にぶつけずに済んだため、一安心。


 と思いきや、


「あ」


 立ち上がり、制服のスカートについた雪を払っているとき、偶然目があってしまったのだ。東 簫と。


(やばい!)


 咄嗟に全力疾走して、あの男から逃げようとすると、


「おい」


 と、後ろで声をかけられる。思わず体が強張り、ロボットのような硬い動きで振り向くと、アイツが何かを持っているのがわかる。私が持っていたものと同じ本だ。

 その瞬間、手に持っていた本がないのがわかり、アイツが持っているのがそれだと脳が理解する。恐る恐る近寄り、


「あ、ありがとう」


 と言って本を受け取る。本は濡れているが、雪はついていない。すでに溶けてしまったのか、それともこいつが落ちたのを拾ったときに払ってくれたのか。

 どちらにしても、一番キライな一番関わりたくないこの男に私物を拾われてしまうなんて…間抜けすぎる。不甲斐ないと心の底から思った。

 今、本当は走って逃げ出したい気分だが、一応拾ってくれた人の前でそんなことをするのは失礼なためしない。


 すると『ん?』と心のなかで何かが引っかかる。

『私は、コイツにスッテンコロリンとこけた様子を一部始終見られたんじゃないのか?』と。

 その瞬間、顔が茹蛸のように赤くなり、熱を帯び始める。これにより、私がより逃げたくなったのがわかってもらえるだろう。


 そうやって、胸いっぱいに溢れてくる差恥感に耐えて小刻みに震えながら、ウジウジとしていると、あいつが私を呆れた目と言うか、複雑な目で見てきていた。

 しかしじっと見てくる割には、何も言ってこないため文句を言いたいが、

『CHICKEN of the year!』の私に何もできるはずなく


 私の口から出たのは、


「い、一緒に帰る?」


 という、変に裏返った声で発せられた爆弾発言だった。うん、おかしい。『何なの、今私の体、反抗期なの?』と自分に聞きたくなってしまうくらい、この体に、口に驚いてしまう。

 ありえんよね、反抗期か! コホン。そうやって、赤面したぎこちなく微笑んでいる顔で、あいつに問いかけると、


「いいよ」


 

 いいんかい! と、心のなかで盛大にツッコミを入れる。だかしかし、小学六年生の頃は一緒に帰ることができて嬉しかったが、今は逆に地獄だ。

 一歩、一歩と足をすすめるが全く話題が出てこず、ただ無言で歩いているだけ。

 その時、ふと前々から気になっていたことをポツリと零すように尋ねる。


「簫って、私のこと…嫌いじゃない?」

「………」


 長い、長い沈黙。はっきり言って、独り言のようなものなので言い訳しようと、


「い、いや!別になんでもな―」

「嫌いじゃない」

「え……」


 私が言い訳をしようとしたのを簫が遮る。


 嫌いじゃない? どういうこと? 頭の中で渦巻く疑問、かき混ぜられるその複雑な感情を理解できない。その感情をは、マーブルの色に染まる。


「嫌いじゃないよ、俺は。お前はいいやつだし。逆に、お前が俺を嫌ってんじゃないの?」

「え?」

「避けてるだろ?」

「い、いや、そんなことないよ!全然。」


『ええ、ええ、大いにありますとも!』と、本当は大声で叫びたい。

 だから、こんなに口からペラペラと嘘八百のようなことが出てきて自分で呆れてしまう。


「なぁ」

「うん」

「俺は好きだよ。」

「…………………は?」


 重病ほど、時が止まったようにその場は静まり返る。顔はみるみる赤くなり、沸騰してしまいそう。


 アイツのその一言に、まんまと踊らされてしまう。


 そうして、呆然と立ち尽くしてしまう私。あいつはそんな事を気にもとめず、そそくさと前へ、前へと進んでいく。


 いつもなら、これくらいで、こんな冗談で喜ぶはず無いのに。どうしてこの日は”今日は”こんなに嬉しくなってしまうんだろう。


 上がってしまう口角を下げようとしても、どうしても下がらない。ふと空を見上げれば、一面雲だった空の隙間から、一柱の光が降り注いでいた。その光は、とても美しい。まるでキューピッドが舞い降りてきそうな、そんな光。


 そんなとき、どうしてか思い出してしまった今日の日付。二月十四日、今日は…そうだった。こんなときに思い出してしまうなんて、やっぱり私の体は反抗期だ。

 それを思い出して、私は遠くにいるあいつに、心のなかで話しかける。


『ねぇ、知ってる?バレンタインは、男性が女性にバラの花を送って愛を伝える日なんだよ。君は…』


 簫はどういう気持ちでいったの? 今の私の気持ちがわかる? そうやって、何故か溢れてしまう大粒の涙を瞳にたたえ…私は気付いてしまった、自分の心に。

 本当に反抗期だったのは…私のひねくれた心。そうして、口から”ソレ”は零れた。


「私も、簫が好きだよ。」


 震えた声で、今にも消えてしまいそうな声で告げた言葉。きっと、あいつには届いていない。この”バレンタイン”の日に気付いた、本当の心…それは純粋な愛だった。


 胸が焦げてしまいそうなくらい熱くて、張り裂けるくらいに苦しい。

 でも、それを心地いいと思ってしまうのはなぜだろう?

 ”コレ”が”恋”なのだろうか?

 それは春に降った雪が降った日、バレンタインの奇跡なのだろうか?


 すると、後ろにゆっくりと振り返る。その優しく微笑むあいつの周りには、この聖なる奇跡の日を称えるように、真っ白な結晶が、空から静かに降っているのが目に焼き付いた。

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