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星の加護クズおじさん開眼の瞬間

作者: たのすけ

 同居前のことだ。

「きゃあ! 何やってんのよ!」

 冬美が驚いてこちらを見ている。トイレのドアを開けたままにしていた自分も悪いが、十センチほどしか開けてなかったものを、異変を感じるやいなやグイと大きく今や互いの全身が見えるほどに開けた冬美の無神経にタノスケはちょっとイラッとした。

「何って、小便だよ。僕は子どもの頃からいつもこういう体勢で小便をするんだよ」

「え? 男性って、みんなそんなスキーのハイジャンプの選手みたいな体勢でするの?」

「それは知らないけどよ、もしかしたら僕だけかもしれないよ。オリジナルで編み出した体勢だからね、これは。僕は〝冬期オリンピックの星〟の下に生を受けているからね、三回転とか四回転以外にも、こういう体勢になるのも日常茶飯なんだよ。分かったろ。もういい加減そこ閉めてくれよ、集中できないから」

「日常で、三回転とか四回転してるの? どういう時?」

 風俗通いを疑ったものか、冬美の鋭いツッコミに、しまった、変なことを口走ったと思ったタノスケであったが、つとめて表情を変えないように努力しながら、逆に能面じみて怪しくないかと我ながら更に焦りを増幅させつつ、そして、ベストタイミングナチュラルに返答せねば怪しまれるという焦燥も抱きつつ、口から出任せに、

「ん? え、鉛筆だよ。三回か四回、回転させて削るのが僕のスタイルなんだよ。子ども時分、削り過ぎて鋭利になった先端で皮膚を傷つけたことがあるからね。ホラ、この手首の下のところを見てよ。その時折れて皮膚の下に埋まってそのままになった芯が今でも残っているよ」

 そう言ってタノスケは手首を差し出したが、それは成人した後、シャープペンシルの芯が刺さってそのままとなったものだった。タノスケは〝リサイクルの星〟の下にも生を受けており、使えるものは他のことにも躊躇なく使うのだ。

 んで、タノスケはスラスラと出た我が完璧な嘘に満足心地。

「ほんとだあ」

 そう言って納得した冬美はトイレのドアを閉めて去ったのだが、これになにやらタノスケは新鮮心地。自分としてはもうこれで三十年くらい同じ体勢で小便をしているので、あまりにも当たり前になっていたのだが、指摘されてみればなるほど、この体勢は人を驚かすほどに変な体勢なのかもしれないとハタと気づき、その気づきが何やら新鮮心地をもたらしたのである。


 そも、タノスケは大便か小便かに関わらず、便座に腰をおろす主義である。しかし、それはよくある、その辺のお利口さんがやりそうな、お行儀のよい、普通に椅子に腰をかけるようなスタイルではなない。上半身を床に水平状態にまで折り曲げた、まるでスキーのハイジャンプ選手が急斜面を下っている時のような体勢なのである。

 タノスケは、小学校の低学年時にはすでにこの体勢にて小を済ますようになっていた。その開眼のキッカケは今でもしかと覚えている。

 ある日、普通に座った体勢で小便をすると跳ね返りがあることに不快を覚え、何とかできないかと考えたのだ。そして、試しにと竿を袋ごと、竿の付け根がストレッチ刺激でヒリつくくらい下方へと強引に押し込み、その押し込んだものが元の位置へと帰ってこないよう慎重に手を引き抜きながら両方の太ももをガッチリと閉じた。果たして思惑通り竿と袋は太ももの裏に固定され、上から見ると、何やら女児になったようなお股心地となった。んで、その、尿道を肛門と同方向に向けた体勢でもって小便をしてみたのだが、この時は十分な結果ではなかった。幾分マシになったとはいえ、跳ね返りの大粒や、衝突の衝撃で湧き立った小便ミストがモワッと触れる不快が解消されたとはいえなかったのである。

 この結果に〝思索者の星〟の下に生を受けているタノスケは、すぐさまこれはどうしたものかと思案した。そうしてソクラテス感を醸し出しながらしばし沈思黙考していると、前日テレビ放送で見た、スキーのハイジャンプの映像を忽然と思い出した。そして、そのハイジャンプの選手がスタートし、急斜面をなるべく空気抵抗を受けないように前屈みに構えるあの雄志あふれる姿に、この苦境を脱するヒントがあるような気がふとしたのだ。そして、おもむろにタノスケは便所に駆け込み、例の太もものの裏に竿と袋を挟んだ姿勢になると、その姿勢のまま、上半身を床に水平の位置まで曲げた。それはズボンとパンツを降ろしているところ以外、どこからどう見てもスキーハイジャンプ選手のオフ期トレーニングの一場面のような体勢であり、タノスケはその雄志あふれる我が姿勢に心地良さを感じつつ、勢いよく小を噴射したのだった。

 果たして、太ももに挟まれ、その尿道方向を後方に向けて固定されていた竿は、その固定力が十分だったことに加え、短小であることも幸いし、まったく暴れることなく安定して一直線に後方へと小を放った。ドリチンであるため、捻れた皮の影響で先端において些少の水流の乱れが生じたのをタノスケは感じ、それは想定外ではあったのだが、しかしそれは問題にするほどの乱れではなく、とりあえずは打っ遣っておくことにした。んで、その勢いよく放たれた小であるが、その黄金の噴射は、見事! と賞賛したいほど美しく(見てはいないが)、そのままスマートに便器に常時張られている水面へと当たり、まるで跳ね返りも、不快なミストも生じさせぬまま、その水の水深部へと流入し、マイルドに混ざっていったのである。厳密には水面と勢いよく放たれた小の衝突によりミストは発生していただろうが、それはどこまでも水の成分が圧倒的に多いミストであると信ぜられたので、タノスケの中に不快は生じなかった。そもタノスケごときが感じる不快なぞ、現実を度外視した想像上の汚穢感にしか過ぎないのだ。

 んで、その時の噴射の音がドボドボドボドボとあまりにパワフルなものであったから、タノスケはそこからすぐに宇宙ロケットが打ち上げ時に噴射するあの凄まじく勢いのある炎を脳裏に描き、

━━なんだか、おまた後方にロケットエンジンを付けたみたいだな!━━

 と、棚ぼた僥倖を喜ぶ式に喝采した。実際、ふんばるほどに勢いのました小は推進力を生みだし、数ミリだが、確かにタノスケの身体は宙に浮いたのだ。

━━これだ!━━

 これがタノスケの開眼の瞬間である。


※ちなみに、大をそのハイジャン体勢で行うと、普通の体勢と比べ、肛門と便器に張られた水面との距離が二三センチほど遠くなるので、お釣り(タノスケはこれを〝ウン汁跳ね返りの悲劇〟と読んでいる)をもらう可能性が増す。注意されたし!

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