08 癖が強い副団長
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訓練開始から五日。
筋肉痛に悩みつつ、今日も頑張って木剣を振るっている。
「お、今のいい感じだったぞ!」
「やった!」
私の一撃を受けたオスカーさんがニッと口角を上げ爽やかに笑う。
流石に毎日ピエールに訓練を見てもらうわけにはいかない、かといって私一人での訓練にも限度がある。
そこで白羽の矢が立ったのがオスカーさんだ。
素振りは一人でもできるので、主に模擬戦という形で私の特訓に付き合ってもらっている。
いつも同じ人と訓練するよりも、別の人と戦うことにも慣れておいた方が良いのだとか。
急な頼みだったが、事情を話せば二つ返事で快く引き受けてくれた。
もう足を向けて眠れない……このままだと恩人が多すぎて何処に足向けて寝れば良いか分からなくなりそうだ。
「段々と様になって来たじゃないか」
「えっへへ〜そんな事ないですよ〜」
「ふふっ、トウコは素直だな」
褒められて、口では否定するがもう完全に口元は緩みっぱなしだ。
自分でも初日よりは動けるようになっていると思っていたので、褒められると素直に嬉しい。
段々と剣を握る事にも慣れて来た。
もう一つの『戦術』の訓練だって順調だ、ここまで頑張ったんだから、決して悪い結果にはしたくない。
時間は足りないくらいなのだから、動けるだけ動かなければ。
運動のおかげか、思考が前よりも前向きになった気がする。
木剣を構え直して、さぁ第二ラウンド……と思ったところで、見知った顔がやってきたのを見て私達は動きを止めた。
「はい二人共、お疲れ〜」
「ピエール……お前、溜めてた事務仕事は終わったのか?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと終わらせて来たって」
「……次からはもっと余裕を持って終わらせておけよ」
両手でピースをしているピエールに、オスカーさんは小言を呟きヤレヤレと肩を落とした。
ピエールはそんなオスカーさんの肩を軽く叩くと、今度は私の方に向き直る。
「トウコ、今日で訓練は一区切りつけようと思う」
「っうん……じゃなくて、はい!」
ピエールの言葉に私が力強く頷けば、深緑色の瞳が楽しげに弧を描いた。
「ってことで、今から模擬戦をします」
「模擬戦? ピエールと?」
あ、最終試験的な?
そう思って聞いてみたのだが、ピエールは無言のまま何処かチシャ猫によく似た、愛嬌があるものの邪悪な笑みを浮かべた。
普段の誰とでも親しくなれる安心感のある笑顔は何処へやら。
そんな笑顔見せられて安心出来る筈もなく、バッと勢いよくオスカーさんの方を見るが、彼は眉を下げて申し訳なさそうに首を横に振る。
「よし、じゃあ行くぞー」
「えっ、ちょっと待って」
「ヘルマンさんには許可取ってあるから」
「そうじゃない!」
碌な説明無しにサクサクと歩みを進めるピエールの後を、私とオスカーさんは慌てて追いかける。
「おいピエール、何処に行くのか説明しろ!」
そうだ、オスカーさん言ってやれ! もっと言って!
完全に他人に任せて心の中で野次を飛ばしていれば、ちょうど王城と倉庫屋敷の間くらいの地点でピエールは足を止め振り返る。
「何処って……訓練場」
訓練場といえば、以前食堂に言った後でオスカーさんに見学に来てくれと言われた場所だ。
……ちょっと待って、ピエール確か模擬戦するとか言ってたよな。
それは、つまり、嘘でしょ。
段々と引き攣っていく私の肩を、にっこり笑顔のピエールが激励するように軽く叩いた。
「訓練場で俺の指定した相手と模擬戦してもらいます」
「え、えええ!?」
今日一番大きな声が出た。
いや、もしかしたら異世界に来て一番の悲鳴かもしれない。
拒否権なんてものは当然無いわけで、ピエールはそのまま上機嫌に鼻歌なんか歌いながら私とオスカーさんの前を歩く。
どうしてそんな事になったのか、理由を聞いても「着いたら説明する」としか言ってくれないので私は完全に途方に暮れていた。
第一師団の訓練場……きっと大勢の魔法騎士がいるに違いない。
「トウコ、大丈夫か?」
「……大丈夫です」
嘘、全然大丈夫じゃない。
当然そんな見え透いた嘘にオスカーさんが気付かない筈もなく、しかし私に気を遣ってか「そうか」とだけ言ってそれ以上掘り返すようなことはしなかった。
あの食堂で嫌と言うほど浴びた探るような視線。
好奇心と、野次馬心から来たであろう、アレをまた体験する事になるのかと思えば気が重くなる。
嫌だなぁ……どうしても行かないとダメかなぁ……。
前向きになっていた筈の気持ちがどんどん後ろを向いていくのを感じながら、重い足を引き摺るように動かしていれば、気づいた時には到着してしまっていた。
もう逃げ出す事はできない。
訓練場は当然ながらとても広かった。
人に見立てた木の人形がズラッと並び、そこに魔法を打つ人もいれば実践に近い形での打ち合いをしている人もいる。
中央では複数の人が模擬戦をしているが、私の普段の特訓がお遊びに感じてしまうほど真剣で鬼気迫る様子だ。
アニメやゲームの世界が現実になっている光景に思わず釘付けになってしまう。
剣だけでなく槍を使用している人も当然いて、その場の空気全てに圧倒された。
今日、ピエールに連れてこられた訓練場は屋外だが、それとは別で屋内の訓練場もあるらしい。
「う、わぁ……!!」
「どうだ、凄いだろ」
「何でお前が得意げなんだ」
オスカーさんが苦笑した後「それで?」と口を開いた。
「誰と模擬戦するんだ?」
私は緊張からゴクリと生唾を飲み込む。
服の裾を弄りながら、辺りに視線を動かせば当然だが数名がこちらをみている。
そしてこういう時に限って、語感が鋭くなり周りの声が鮮明に聞こえてきた。
「おい、あれ、バルト副団長じゃないか?」
「隣にいる女の子誰だ?」
「あれだろ、聖女様じゃない方の異世界人」
「あー、あれが例の……」
「う……」
思わずグッと下唇を噛んで俯く。
何とか自分の気配を消そうとするが、当然そんなことは出来ないし、一度集まった注目はそうそう消えない。
右にピエール左にオスカーさん、二人の間に挟まっているので尚のこと目立ってしょうがない。
既に参っている、こんな精神状態で私は一体誰と戦わされるんだろう……あの人か、それとも今ちょうど試合が終わったあの人か、いや魔法使ってるあの人かもしれない。
「ピエールさんではありませんか」
ぐるぐると目を回していれば、よく通る声が飛び込んできた。
それは声を潜め遠巻きにこちらの様子を伺うものではなく、明確に意識を此方に向けたもの。
ゆったりとした穏やかな声の持ち主はピエールの後方にいるようだったので、私はピエールの影に隠れつつソロリと顔を覗かせて相手を見た。
「サボり魔の貴方がここに来るなんて珍しい……おや、そちらは?」
正直、先ほどまで感じた居心地の悪さとかそういったものが衝撃で吹き飛んだ。
スラリとした長身の『リアル糸目』がそこに立っていた。
これ私知ってる、開眼したら強いやつだ。
赤茶色の長い髪を肩のあたりで一つに束ねて、肩に掛けるようにして前に下ろしている。
「ナタナエル副団長……!」
オスカーさんが頭を下げた。
副団長って当然ピエールじゃないよね。
つまりこの人第一師団の副団長か。
「は、初めまして。トウコ・ウキタと言います」
「これはこれはご丁寧にどうも。私は第一師団副団長のナタナエル・ノエと申します」
一歩横に移動してピエールの影から出て頭を下げれば、相手も会釈をして自己紹介してくれた。
なのですっかり油断して「外見で変な先入観持ってしまって申し訳ないな」なんて思っていた訳だが……
「それにしても、そうですか」
「そう?」
「貴女が、聖女じゃない方、の異世界人ですね?」
「……」
……全然、杞憂とかじゃなかった。
二度、瞬きをして、ようやく自分が何を言われたのか理解した。
声音は優しいのに言葉がいっそ笑えるくらい刺々しい。
こうもあからさまだと逆に傷つかないんだな。
一周回っていっそ好感が持てそう。
ピエールを見上げれば手招きをされ、私達は何ともいえない表情のオスカーさんを連れ十歩ほどその場を離れた。
そして三人で円になり顔を寄せる。
「ナタさん相変わらずだな」
話を切り出したのはピエールだ。
オスカーさんは「俺に言わないでくれ」と目頭を押さえて悩ましげな顔をしている。
「え、何、あの人ヤバくない?」
「うん、やばいよ」
私の第一印象の感想にピエールは頷いた。否定しないのかよ。
肩越しにソッと後ろを振り向けば変わらず、笑ってるのか怒ってるのか判別できない表情で此方を見たまま微動だにしない。
「……気のせいじゃないと思うんだけど、私あの人に嫌われてる?」
「や、それは違う。トウコが嫌われてる訳じゃないから」
「あれ、そうなの?」
「あの人、基本的に女性全般嫌いだから」
「もっと問題あるだろそれ」
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