50 粉砕計画
脳裏を過ぎる走馬灯、輝く銀色は力なく身を横たえている。
「〜〜〜ッ!?」
私は声にならない悲鳴を上げ、強い悲しみと申し訳なさに頭を抱えた。
あの剣は師団員として認められた証であり、この世界に未ひとつでやって来た私にとって正真正銘の私だけの物。豊穣祭ではゴーレムを倒し、ここにくる途中にも魔物と激戦を繰り広げた、そんな相棒の姿に次に湧き上がったのは怒りの感情である。
「こ、このっコノヤロー!」
冷静さを失った私は大剣のうち一本を再び投擲した。
今度は力任せの一撃だったので狙いも無茶苦茶で、硬い鱗にあっさりと弾かれてしまい、思わず舌打ちをする。
とにかくあの鱗がネックだ……あれをなんとかしないといけない。
だが魔法は通りにくい上に物理的にも硬い。あんな代物をどうしろというのだ。
「……でも、何かあるはず」
落ち着け平常心、豊穣祭のアースドロップの時と同じだ。
必ず何か方法はあるはず、それこそ硬い鱗を割る方法が絶対に。
観察すれば必ず何かあるはずだ。
私は必死に思考を巡らせる。
考えろ……硬いものを壊す方法と言われて真っ先に思いついたのは、私の浮遊魔法で重いものをぶつけるという方法。
変異したメタルリザードの奥にある黒水晶の山を持ち上げて叩きつければ済む話だ。
だが、恐らくそれだけではダメだ。
あの黒い鱗のせいでメタルリザードにダメージは与えられても倒すまではいかないだろう。
次に私が思いついたのは、昔テレビで見た音でグラスを振動させて割るという方法だ。
だけどここにはそんな装置はないし、私は魔法に詳しくないがそんな魔法があるかも分からない。
恐らくそんな魔法はないと仮定して、次に考えるべきは魔法を使った別の手だ。
こちらはどんな魔法があるかは知っているし、幸いにも優秀な師団候補生達がいる。
グレン先生の方を向けば、彼がノーモーションで火球を打ち出していた。
素人目に見てもかなりの威力だが大したダメージにはなっていない。
(強力な炎の魔法……?)
それを見て私は昔、どこかで見聞きした話を思い出した。
強力な炎の魔法を操る教師、優秀な魔法使い達、そして強い衝撃を与える黒水晶の山……これならいけるかもしれない。
いや、ダメでもとりあえずはやってみるべきだ。
「グレン先生!」
私はシエルちゃんの側を離れてグレン先生の側に駆け寄る。
「何だ、どうした妙案でも閃いたか?」
「……はい、多分ですけど」
「マジか」
こちらに向かって飛んできた礫をシールドで弾きながら視線はメタルリザードに、だが体を僅かに私の方に傾けて耳を近づける。
それから私が先程思いついた作戦を説明し終わってすぐに、グレン先生は一歳迷う事なく「生徒は最大火力氷魔法の準備!」と声を張り上げた。
その判断の速さに「えぇっ」と思わず声を上げた私に、片眉を上げたグレン先生は訝しげな顔をした。
「そ、相談とかせずに即決ですか?」
「立案者だろシャキッとしろ。大丈夫だ、その作戦じゃ失敗してもこれ以上悪い状況にはならねぇよ。精々状況が停滞するだけだ」
と、そこまで言ってグレン先生は自身の背後を振り返る。
先程の件ですっかり機嫌を損ねたらしいイオネル所長は、全身から不機嫌オーラを出しながらジロ…と此方を睨むだけで何も言ってこない。
しかし構う事なくグレン先生は明るい声で話しかける。
「よかったな所長!」
「……何がだ」
「上手く行けばアレを持って帰れるぜ」
「何ぃ……?」
アレ、と言いながら親指でメタルリザードを指したグレン先生は、イオネル所長の反応には応えずそのまま私の背中を軽く叩いて準備を促す。
私はそのまま後方へ下がり、黒水晶の山に意識を集中させる。
あの大きさの物は持ち上げたことがないので不安だったが、黒水晶全体をつかみ上げる感覚を感じられた。
「……いける」
私がグレン先生に頷けば、彼は同じように頷き返してから右手を上げる。
それを合図に全員がメタルリザードと距離をとり、グレン先生は詠唱無しにパチンッと指を弾いた。
まず初めに現れたのはメタルリザードを取り囲む炎の円だ。
そして次の瞬間にはそれが一気に天高くまで燃え上がる。
唸るような音を立てて天井の空洞を昇る炎の竜巻は、先ほど見た炎の魔法よりも更に強力な物だった。
まるで長い胴体のようにも見える炎の渦……なるほど『人の姿をした火竜』とはよく言ったものだ、最初にその二つ名をつけた人のセンスには脱帽する。
「<境界を引け><青く反射し><その地で歩みを止めよ>」
熱風の中、続けて生徒達が詠唱を始めた。
詠唱が進むにつれて今度はひやりと首筋を冷たい風が撫で、徐々に周囲の温度から熱気と冷気が交互に感じられるようになる。
そして、現れた時と同じように一瞬で炎の渦は姿を消し、代わりに間髪入れずに目視できるほどの白い風がメタルリザードの周囲を覆った。
「<アイスフィールズ!!>」
メタルリザードは悲鳴を上げる間もなく、体は足元から凍りつき白い彫像が出来上がった。
……しかし、それでもまだ足りない。
その場の全員が理解していた。黒水晶の鱗には魔法が通りにくい。
数名の生徒が膝をつく中、パキリと固いものに傷が入った音がした。
メタルリザードの指先からひびが入り、徐々に体表を覆っていた氷が崩れていく。
「そこ!!」
そして再び動き出すより先に、私は力を込めて黒水晶を持ち上げてメタルリザードの脳天目掛けて思い切り振り下ろした。
持ち上げている私は浮遊魔法のお陰で重さを殆ど感じないが、やはり鉱物の塊は相当な重量らしく轟音と共に空気が振動する。
「……やった?」
しばしの沈黙の後、状況を確かめようと、私が恐る恐る黒水晶を持ち上げてみれば、そこには舌を出してすっかり伸びてしまったメタルリザードがいた。
もしかしたら完全に頭を押しつぶしてグロテスクなことになっているのではとヒヤヒヤしたが、どうやら思った以上に頑丈らしく私の心配は杞憂に終わった。
全員が長くも一瞬で決着のついた戦いの終わりに安堵しているようだが、歓声は上がらない。
「任務完了ですねトウコ様」
緊張から解放され、その場に座り込みそうになった私を支えてくれたのはシエルちゃんだった。
何とか足腰に力を入れて背筋を伸ばし彼女に向き合う。
「うん、シエルちゃんもお疲れ様。」
「ありがとうございます。しかし、あれはどういった作戦だったのでしょうか?」
「あー、あれはね……」
燃焼した直後に急激に冷やすことで、膨張と収縮により物体にストレスがかかり、そこに衝撃を加えると割れる……熱衝撃というらしいこの現象こそ私が思いついた作戦だ。
簡単に説明すると彼女は口元に手を当てて考えるような素振りを見せる。
「なるほど。日常的に起こりうる現象を作戦に生かした、ということですね……素晴らしい知見と柔軟な発想です」
「や、それほどでもぉ……」
嬉しいけどこうも真っ直ぐに尊敬の念を表されると何というか居た堪れない。
ダメもとの作戦でしたとは言いづらくなってしまった私は曖昧に乾いた笑いで返すことしかできなかった。




