04 お前上司だったのかよ
時間が経つにつれて、あれだけ賑わっていた食堂からも段々と人が離れていく。
私が食べ終える頃には、最初は殆ど埋まっていた席も疎らに人が座るだけになっていた。
二人はまだ午後の予定まで時間に余裕があるらしい。
当然、私も予定など無いので、三人で食休みも兼ねて少しお喋りでもしようという事になった。
オスカーさんの運んできてくれた食後のハーブティーを飲みながら、私は静かに二人の会話に耳を傾ける。
魔物に関してや訓練内容といった仕事に纏わる話から始まり、城下街に新しくできた店や、流行っている食べ物についての話など……どれもこれも興味深いので暫く相槌を打ちながら聞き手にまわっていると、不意にピエールがこちらを向いた。
「トウコは何かないの?」
「え?」
「ほら、聞きたいこととか」
ピエールのその言葉にオスカーさんも「遠慮せずに聞いてくれ」と言ってくれた。
正直、聞きたいことは山ほどある。
しかし聞きたいことが多すぎて何を聞くべきか分からないのだ。
「うーん……聞きたいことが多すぎて、何を聞けばいいか迷うなぁ」
「それもそっかぁ」
「突然異世界から連れてこられた訳だからな」
素直に思ったままを伝えれば、オスカーさんは腕を組み、ピエールは後頭部を掻く。
何だか私のせいで二人を悩ませてしまい申し訳ない、これなら適当な質問をパッと言って仕舞えばよかったか。
私が少し後悔して「また別の機会に……」と言おうとした所でピエールが何かを閃いたらしく、器用に指を鳴らした。
「俺達で騎士団の事を教えてあげよう」
「騎士団の事って……ピエールが第二師団の副団長で、オスカーさんが第一師団でしょ?」
「そ、でも詳しくは知らないでしょ?」
「……確かに」
言われてみればそもそも騎士団がいくつの師団に分かれているのかとか知らないな。
このグリフェルノ王国についてはヘルマンさんに聞いたものの、騎士団についての話はまだされていない。私の元からある知識をかき集めても、国の防衛をする組織だとか魔物を倒す人だとかその程度の認識だ。
最初に口火を切ったのは発案者のピエールだ。
「先ずは基本的な事なんだけど、魔法騎士団っていうのはその名の通り『魔法を使える騎士』のことね」
「つまりオスカーさんも魔法が使えるんですか?」
「勿論……だが、魔法の腕は第二師団ほどじゃない」
そこからピエールとオスカーさんによる魔法騎士団についての講義が始まった。
グリフェルノ王国魔法騎士団……国内で最も優秀な魔法師と騎士が集められた軍事組織だ。
レオナールさんが団長を務め、オスカーさんの所属する『第一師団』は主に剣などの扱いを得意とする武闘派の騎士が集まった組織。
そしてピエールが副団長を務める第二師団は、魔法を得意とする『魔法師』所謂、魔法使いの組織だ。
アンジェラさんが団長を務める第三師団は、主に怪我人の治療などを行う医療組織で、普段は管轄である『医療館』と呼ばれる建物で怪我人の治療からポーションといった回復薬の作成まで幅広く行っているらしい。
確かに初めて会ったときに自分の事を『医者』だと言っていたな。
そこまで話を聞いてから私はふと、あることが気になった。
「そう言えばさ」
「それから──ん?」
タイミング悪く、何かを言おうとしたピエールを遮ってしまった。
しかしピエールは私が謝るより先に、にんまりと悪戯っぽい笑みを浮かべ『どうぞ』と道を譲るように手のひらをこちらに向けた。
折角なのでお礼を言った後で、ご好意に甘えて、私は続きを話すことにした。
「ありがと……あのさ、私まだ第二師団の団長には会った事ないんだよね」
「俺らの団長?」
意外な質問だったのか、深緑の目が僅かに見開かれる。
「あー団長はね、なんて言うのかな……気難しい人?」
そう話すピエールの眉間にじわじわと少しずつ皺が寄る。
誤って渋い物でも食べてしまったような顔だ。
オスカーさんは「生真面目な人なんだよ」と付け足した。
確かに良い意味でどこか肩の力が抜けているピエールとそのはもしかしたらソリが合わないのかもしれない。
多分だけど何度かキツく叱られていたりもするんだろうな。
「あれはもう潔癖、堅物クソ真面目ってやつ」
「ピエールと真逆なんだね」
「俺が真面目じゃないみたいに言うなよ〜」
そう唇を尖らせて不満の声をあげるピエールに「実際そうだろ」と嗜めながら、オスカーさんは更に続けた。
「これは俺個人の意見なんだが、第二師団のルキアス団長は、他の団長と比べても色々別格なんだ」
「別格?」
「あぁ、そもそも団長になるには魔法も剣も、それ以外の能力も、一定以上の素質が求められるんだが……」
「団長はね、学園を主席で卒業して史上最年少で第二師団団長の座についちゃったんだよ」
ピエールが食い気味にそう言った。
えぇー……それはちょっとヤバイな、住む世界が違いすぎる。
「あれこそ、正に天才って奴なんだろうな」
「うわ、何それ凄い」
「ね、本当に同じ人間かよって思っちゃうよね」
「……できれば会いたく無いかも」
思わず思っていたことをそのまま口に出してしまった。
そんなに優秀で真面目な人物、しかもピエールが苦い顔をするような人だ。
恐らくだがそう言った人物は日々をダラダラ過ごしている私に良い印象を抱かないだろうし、何より私はそういう冗談の通じないタイプの人は苦手だ。
「いや、無理でしょ」
そんな私の気持ちをを一刀両断したのは意外にもピエールだった。
「今は遠征でいないけど、戻ってきたら嫌でも会うことになると思うよ」
てっきり同意して「まぁ、まず会う事ないだろうから」くらい言ってくれる物だと思っていたのだが、まるで当然の事のように想像の真逆の返答をしたピエールに私は思わず「何で?」と、頭で考えるより先に口が動いていた。
私が普段住んでいる倉庫屋敷に人が訪ねてくるのは、あくまでも私やヘルマンさんにピエール達が会いに来てくれるからだ。
現に私達に会いにくる人は現在知り合っている人達に限られており、その団長さんが態々私の元まで来る理由もないだろう。
そもそも接点がないのだから。
同意を求めるようにオスカーさんを見るが、ピエールと同じく、私の方が何か可笑しな事を言っているといった表情だ。
状況を理解できていない私に構わずピエールは続けた。
「別に他所の団長と会う必要はないけど、ウチの団長とは会わなきゃダメでしょ」
「えぇ?」
いや、ますます意味がわからない。
何で既に知り合っているアンジェラさんとレオナールさんとは本来知り合う必要はないのに、その堅物団長とはお知り合いにならないといけないんだ。
「だから最初に言ったじゃん」
「何を?」
「俺ら、って」
「……ら?」
「ら」
オスカーさんの方を向けば同じく「ら」と返された。
三人でピエールの言葉を復唱する。何だこれ、合唱かよ。
俺ら……って言うのはつまり『俺達』という意味だろう。
達って、え、もしかして……?
「私も含まれてる?」
「そりゃそうでしょ、倉庫屋敷ってウチの管轄だから。トウコは便宜上、第二師団に所属ってことになってる」
「あ、あー」
私は知らぬ間に魔法騎士団の一員になっていたらしい。
数分前までその魔法騎士団がどんな組織かも知らなかったのに、天才率いる魔法のエリート、エキスパート集団の末席に名を連ねていた。
ダメだ。混乱して思考が止まった。意識が完全に他人事になってしまっている。
「なるほ……え、ちょっと待って、それってつまり……」
「うん、俺、一応トウコの上司ね」
「え、えぇー……?」
流石に開いた口が塞がらない、衝撃的事実すぎるだろ。
読んでいただきありがとうございます。