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47 一端に触れる

「──えっくし!」


 すん、と鼻を啜る。誰かに噂でもされたのだろうか。

 パチパチと燃える薪を見ていると不思議と心が落ち着く。

 そのせいで出そうになった欠伸を噛み殺し、その場で大きく伸びをして眠気を紛らわせようとした。

 野営をする際は交代で火の番と見張りをする必要がある。

 野営自体は初めてではないものの、実は見張りは初めてだ。

 キャンプなんかの経験もない私は本来であれば緊張して眠れなくてもおかしくはない筈……なのだが昼間の魔物狩りによる疲労が蓄積していたのかちゃんと眠気がやってきた。

 多分だがルキアス団長が一緒なのも理由かもしれない。

 正直、あの人がいれば大抵のことは何とかなりそうという安心感がすごい。

 なのでそのおかげもあって緊張感が薄らいでしまっているのだろう。

 その辺にあった木の棒で燃える薪を突いていると、背後からサクサクと草を踏む僅かな足音が聞こえてきた。


「なんだ、風邪か?」

「いえ……大丈夫です」


 マグカップを二つ手にしてやってきたグレン先生はその片方を私に渡してくれた。

 そしてそのまま私の正面に腰を下ろす。

 渡されたカップからは白い湯気が立っていた。

 コーヒーのようだ。香ばしい香りを吸い込めば不思議と眠気が薄れていく。

 もしかして私が眠たそうにしているのを見てわざわざ持ってきてくれたのだろうか。

 私がお礼を口にするより先に「なぁ」とグレン先生が話しかけてきたので口を噤む。


「お前、あいつに何したんだ?」


 その質問に首を傾げるとグレン先生は一瞬こちらを見た後、ほんの少し笑みを浮かべて「ルキアスだよ」と言った。

 

「……特に……何も?」


 思い当たる節がない、と言うか私があの団長をどうこう出来るわけないじゃないか。

 いまいち質問の要領を得ないままそう返せば、グレン先生は踊躍の無い声で「そうか」とだけ言って再びコーヒーを口にしてマグカップを置いた。

 そのまま暫く二人で揺れる炎を眺めていると、徐にグレン先生は空を見上げ、今度は独り言のように呟いた。


「俺は昔からあいつが気にくわねぇ」

「……随分ストレートに言いますね」

 

 私の言葉にグレン先生はハッと鼻を鳴らし「隠しても意味ねぇだろ」と言って笑う。

 あいつ、と言うのは間違いなくルキアス団長だ。

 気に食わないと言うのも態度を見れば誰だって分かるし、私程度に見抜かれている時点で、そもそもこの人には隠す気がないのだろう。


「何をしたのかは知らねぇが、あのルキアスに何かしら影響を与えたのは分かる」

「それが私だって根拠は?」

「逆にお前以外にいないだろ。俺も初めは聖女の方かと思ったけどな、あの態度を見りゃ一目瞭然。ルキアスの事を知ってる奴なら余程の馬鹿じゃなけりゃ気付くさ」

「……つまり、何も気付いていない私は余程の馬鹿?」

「アッそこ引っかかっちゃうかぁ」


 何か空気を壊してしまった気がする。

 でもグレン先生の言う通り、イオネル所長も確かそんなこと言ってたな。 

 私には全然分からないけれど。

 どうせ戦闘センスも無いですからね、そりゃ頭も足りて無いですよね。


「あー、でもホラ、お前ルキアスと会ったの最近なんだろ?気付かなくても仕方ねぇよ」

「そうなんですけど……それなら尚更、私が影響を与えたって事はないと思うんですよね」


 そんな出会って数ヶ月の人間に左右されることがあるのだろうか。

 私はそんな人格者じゃないし立派な人間じゃない、心の中でそう独りごちているとグレン先生が再び沈黙を破った。

 

「ルキアス……あの首席様はずっと孤高だった」 


 苦さを込めて『首席様』と彼は蔑称のようにそう呼んだが、その表情には嫌悪感は含まれていない。ただずっと過去の記憶を思い返し、遠くを眺めているようだった。


「学生の頃、俺はあいつに数え切れない程勝負を挑んだ。だが一度たりとも勝てなかった」

「……だから、気に食わない?」


 自分を負かした相手が気に食わないのか。

 手の届かない高みにいる人間が疎ましいのか。

 私の問いかけにグレン先生は自重気味な笑みを浮かべて首を横に振った。


「あいつは、俺との勝負を一度も拒んだことがなかった。勝負にどれだけ勝っても眉一つ動かさない、笑いも怒りもしない。それどころか鬱陶しそうにさえしたことが無かった」


 ギリ…と固く握られた拳から軋むような音がした。


「俺はあいつの、そういう無機物みたいな……あの不幸面が大嫌いだった」

「……」


 今話に聞いただけでも何となくわかるし、想像に容易い。

 あの人は本当に孤高の天才だったのだ。

 完全に理解した、だなんて烏滸がましいがグレン先生の憤りの理由は理解できた。

 多分、これは私の憶測に過ぎないが、学生時代のグレン先生は一瞬でもルキアス団長の事をライバルだと思っていたのかもしれない。

 もしかしたら友人、とも。

 だがルキアス団長は違った。

 あの人は多分……誰の事も見ていなかった。

 ただの天才であれば違ったかもしれない、でもあの人は孤高だったから。

 

「……あ、そういやいいのか?」

「いいって、何がですか?」

「アレだよ、アレ」


 私の知らないルキアス団長。

 その過去の一端に触れ、思わず考え込んでいると、先程とは打って変わってどこか楽しげな声でそう言ったグレン先生は、自身の目の横、顳顬の辺りを指で叩く。

 ここ最近でよく見るようになったジェスチャーだ。


「今なら教えてやってもいいぜ」


 悪戯を思いついたような顔でニヤリと笑う姿は、まさに甘言を囁く悪魔みたいだった。

 パチリと一際大きな音を立てて薪が弾けて火花が散る。

 私の答えは最初から決まっていたので膝を抱えて迷う事なく「別にいいです」と答えた。


「なんか、第三者からそういうの聞くの……よくないと思うんで」

「……へぇ」


 拒まれたとしても自分から聞くべきだ。

 私の返答を聞いたグレン先生は徐に腰を上げ立ち上がった。

 かと思いきや、何故か隣に腰を下ろすと、何を思ったのか私の頭をぐしゃぐしゃと撫で始めた。


「お前、いい奴だな」


 突然のことに反応できず、されるがまま頭を揺さぶられ暫くして解放される。

 驚きすぎて疑問を口にすることもできない私の間抜けっぷりを笑い飛ばすグレン先生は、何故か満足そうな顔をしていた。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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