46 幕間
ピエールとナタナエルの幕間です。
拝啓、トウコ様。
いかがお過ごしでしょうか。
あなたがイオネル所長に連れられ、俺が城の噴水にダイブしてから暫く経ちます。
こちらに戻ってきていないということは、学園の方で上手くやれているんだと思います。
恐らく……というか十中百九、厄介な事に巻き込まれていそうで心配でもありますが、そちらにはルキアス団長もいるので大丈夫だと思います。
どちらかといえば、まんまとイオネル所長の策に引っ掛かり魔法で転移された俺の身の方が危ないかもしれないです。
マジで団長に反省文書かされる可能性もあります。
なので戻ってきた暁には、俺のことを擁護して欲しいです。
「──おや、白昼堂々とサボりですか」
かけられた声にピエールは回想を中断した。
城の中庭にある噴水広場。
その周りを囲むように円形に設置されたベンチに横になっていたピエールは、顔の上に日除け代わりに乗せていた本を退け、片目だけ開けて相手を見る。
「ナタさんもサボりっすか?その辺のベンチ空いてますよ」
「えぇ、イオネル所長にいっぱい食わされた何処ぞの副団長の顔を拝みに」
「ははっ」
その返しに思わず笑ってしまったピエールは体を起こした。
第一師団副団長、ナタナエル・ノエはその隣に腰を下ろす。
「勘弁してくださいよぉ〜俺もうトウコが心配で全然寝れてないんですから〜」
「またまた冗談を、そんな繊細な人間ではないでしょう」
「ひでぇ〜」
ケラケラひとしきり笑った後で、ピエールは大きく息を吐く。
小鳥がやってきて地面を啄み、再び飛んでいくまで、二人の間にこれといって会話はなかった。
先に口火を切ったのはピエールだ。
つい先日、自分が飛び込む羽目になった噴水を眺めながら徐に口を開く。
「ナタさん、許可証のこと知ってたんでしょ」
一泊置いて、ナタナエルは正面を向いたまま答えた。
「えぇ……先に言っておきますが一応、私も反対したんですよ」
第四師団団長、もといイオネル所長。
彼が許可証を持っていた時にナタナエルも居合わせていた。
グリフェルノ王国魔法騎士団には様々な規則がある。
城内での魔法の使用禁止、訓練以外での団員同士の私闘禁止、機密漏洩防止など多岐にわたるのだが、中には普段使うことがない為あまり知られていないような規則も存在した。
あの日イオネル所長の持ってきたあの許可証もその類だ。
一応正式な物ではあるものの、ナタナエルが副団長に就任してから、下手をすればそれ以前……騎士団の設立から一度も使用されたことのない代物だった。
当然、そんな埃を被った規則を持ち出してまでトウコを連れて行こうとするのは不審だ。
ナタナエルは当然反対した。
だが、団長のレオナールがあっさりと書面にサインをしてしまったのだ。
曰く、そうしても問題ないと自分の勘が言っていたらしい。
そうなってはもう止めようが無い。
「『黒水晶の採集に浮遊魔法が必要』というのがイオネル所長の言い分です」
「あー……らしいですけど」
けど、と不自然に言葉を切る。
欠伸を噛み締めながらピエールはその続きを口にした。
「それ多分、嘘っすよね」
『嘘』──その言葉に、ナタナエルは静かに隣を盗み見た。
ピエールはベンチの背もたれに両肘をかけて空を見上げている。
ザァザァと流れる噴水の音が、不意に二人へ訪れた無言の空白を埋めていた。
暫くして「はぁ」と小さくため息をつき話を再開する。
「……もし本当に嘘なら大問題ですよ」
「まぁ、全部が全部嘘ってワケじゃないでしょうけど、少なくとも『浮遊魔法が必要』ってだけじゃないと思うんすよ」
第二師団のサボり魔、気さくな副師団長。
些細な違いこそあれ、この男に対する評価はどれも似たり寄ったりだ。
だがナタナエルの評価は違う。恐らく同じ副師団長という立場だからかもしれないし、第一師団団長と何処か似通った部分があるからかも知れない。
得体が知れない。腹の底が見えない。
それこそ、下手をすればイオネル所長なんかよりもずっと。
「黒水晶の採集ってことはモルガニウムを作るって事、でも別に今だって足りてない訳じゃないじゃない……なのに急にそんな大量に採りに行くってことはそれだけの量が必要ってことでしょ?」
「何に使うんですかねー」そう言いながら、頭の後ろで手を組んで背もたれに体重を乗せた。
ギッ…と音を立て僅かにベンチが揺れる。
「……何にせよ、既に大臣から許可が降りトウコ殿は第四師団の人間になっています。懸念点があるといえば無事に戻ってくるかどうかだけですが」
「いざとなったら何とかしますよ」
「おや、ついに働く気になりましたか」
「まさか。俺は今回、留守番係なんで」
「ではルキアス団長が?」
「違いますよ」
では誰が。そう問うより先に返事が返ってきた。
「トウコ自身が、です」
一番初めに出会って、身近で見てきた。
だから彼女の成長を知っている。大抵のことなら自力で何とかするだろう。
いつになく真剣な表情と、おおよそこの男が発するにしては芯のある声だった。
それは間違いなく信頼からくるものだ。
しかしそれもほんの一瞬。見間違いかと錯覚してしまう瞬きの間の出来事で、気づいた時にはその顔はいつもの笑みへと変わっていた。
「それに聞きましたよ?なんかアンジェラ団長に逆に契約書を書かされたらしいじゃないですか」
「……」
「だからま〜、大丈夫でしょ」
そう言って、ピエールはベンチから腰を上げて伸びをする。
「……異世界人を傷付けない並びに危害を加えず、心身ともに健康な状態で帰還させる」
徐に、ナタナエルはあの契約書の文言で第三師団団長のアンジェラがイオネル所長に追記させた……彼女の身の安全を保障する部分を諳んじた。
立ち去ろうとしていたピエールは振り返らないまま足を止める。
ナタナエルはその背中に静かに問いを投げかけた。
「……もし、アンジェラ団長との契約が守られなかった場合は?」
あの許可証には確かに、彼女の身の安全を保障するように書いてある。
埃を被った規則であれど効力はそのままだ。相手もそれを理解してあの契約書を使用している。
なのでもしも破られようものなら罰則は免れず、最悪の場合、第四師団団長の座は空席になるだろう。
……だが、それだけだ。
いくら法的な効力があれど所詮はただの紙切れに書かれたインクの羅列に過ぎない。
別に書かれた内容を必ず叶える魔法の契約書ではないのだ、あれに書かれていることがそのまま叶うわけではない。
「それならもっと大丈夫ですね」
ナタナエルからの質問にピエールは振り返っていつも通り笑顔を返す。
副師団長として誰よりも長くその姿を見てきた。
なので断言できる。
「団長が一緒にいるんで」
ここまで読んでいただきありがとうございました。




