43 自分の目で見て
イオネル所長は私が知る限りこの世界の誰よりもクセの強い、間違いなく一般人の常識の外にいる人物だ。
自称している通りの天才かは分からないが、そう思われていても可笑しくは無い、かなりの変人だと思う。
まず初対面が誘拐犯なのでモラルも無ければ容赦無くズバズバ物を言うのでデリカシーも何もあったもんじゃない。
だが、不思議と彼の自身に満ちた態度を私は疑ったりはしなかった。
多分……この人なら宣言通り本当になんとかしてしまうんじゃないかと思ったからだ。
その方法が何なのかは全く検討がつかないけれど。
私を安心させる材料などの説明は一切無く、イオネル所長はそのまま私の肩を一度叩くと、鼻歌を歌いながらそのまま背を向けて校舎の方へ歩いて言ってしまった。
そしてグレン先生も生徒達の方へ向かう。
どっちについて行くかを迷った挙句、私はなんとなくグレン先生の後をついて行く。
「いいか、明日は実践も兼ねてアルカナ鉱山へ向かう」
綺麗に整列した生徒達は黙したまま、先程まであれ程激しく動いていたにもかかわらず誰一人として息を乱していない。
流石に基礎体力が違うのだろう。
アルカナ鉱山……確かイオネル所長は黒水晶とかいう鉱物を取りに行くと前に言っていたな。
前回私が魔物討伐に行ったのは森だった。
今回は山へ行くということだがどんな魔物が出てくるかは分からない。
鉱山なので何となく硬い体を持った生き物とかいそうなんだけど……硬い体ってなんだ?
ゴーレムとか……あぁダメだ、私の足りない想像力じゃ亀くらいしか思いつかない。
またバーサークウルフみたいな奴が出てくるのは勘弁してほしいなぁ。
ちょうどその時、遠くで授業の終了を知らせる鐘が鳴った。
私があれこれ考えている間に解散になったようだ。
「よし、じゃあオレ達も戻るか」
そうグレン先生に言われて、私が返事をしようとした所で
「──失礼、少々お時間よろしいでしょうか」
体の関節が急に錆びたかのように動けなくなった。
ギギギと壊れたブリキ人形のように声のした方をぎこちなく振り向くと、予想通り麗しい銀髪の少女騎士ことシエルちゃんが真っ直ぐ私を見据えていた。
ナツキちゃんと同年代、年下の女の子の筈だがその身に纏うオーラに気圧されてしまう。
どうしてか、何も悪いことはしていない筈なのに何故か断罪一歩手前の心境だ。
「うぇっと……ど、どうしましたか……シエ、クオーリャさん」
緊張からうまく口が回らなくて若干噛んだ。
ウェットってなんだ、何が濡れたんだ。
しかも名前も噛んだ。失礼にも程がある、もう終わりだ。
ちょっと恥ずかしくなったり死にたくなったが、彼女は気にせず「シエルで結構です」と言った後で何故か頭を下げてきた。
「先程はありがとうございました」
「えっ?」
「貴重な浮遊魔法を間近で見られて大変勉強になりました」
「い、イエイエそんな……はは」
まぁお世辞だろう。殆ど逃げ回って終わったしな。
「態々それを言いにきてくれたんですか……?」
「はい」
恐る恐る尋ねると、彼女は顔を上げ変わらずまっすぐな目をして頷いた。
「わたくしは騎士としてまだまだ未熟です。今回いただいた貴重な経験を糧に、更に騎士として精進する次第です」
「……す、凄い」
私は口元を押さえながら思わず小さく感嘆の声を溢してしまった。
これがアーサー王の婚約者、次世代の王家を継ぐ者。
私の思い描くファンタジーのお姫様とは違う、どちらかといえば騎士って感じの守られるより守る側の女の子だ。
しかも態々お礼を言いにきてくれたことに私は感動した。
普通にいい子すぎる……!!
そんでもって良い子であれば良い子であるほど困る。
これでよくいる意地悪な悪役令嬢みたいな子であれば全力でナツキちゃんとを応援出来たのに、あまりにも彼女がいい子だから彼女にだって幸せになってもらいたくなってきた。
いや、まだナツキちゃん派の人間だけどね私は。
同じく異世界からやってきた同郷であるナツキちゃんを推すけどね私は!
「ところで、トウコ様に一つ伺いたい事があるのですが」
「どうぞどうぞ、何でも聞いて」
「同じ世界から来られた聖女のナツキ様と親交がおありだと伺いました、彼女はどのような方なのでしょうか」
「え」
本日二度目の硬直。あ、なんかヤバいかもしれない。
気のせいだと思うけどシエルちゃんの目に何か鋭さのようなものが宿っている気がする。
まさかナツキちゃんについて聞かれるとは思わなかった。
そりゃそうだよね、婚約者が別の女の子と仲良くしてたら気になるよねぇ。
「えっと、ナツキちゃんは……」
いい子で、優しくて、しっかり者で、気さくで……彼女の長所なんていくらでも出てくるのにそれを口にする気にはなれなかった。
どうしてか、それはナツキちゃんもシエルちゃんも二人してとても良い子だからだ。
「とても良い子……って私の口から言うのは簡単なんだけど、出来れば直接話してみてほしい、かな」
だから、私の口から彼女の印象を語るよりも直接会って話して知ってほしいと思った。
これから二人が仲良くなるにしても……対立するにしても、特にシエルちゃんのような真っ直ぐな子には自分の目で見て感じた事で判断してほしい。
まぁ心配はしてないけどね。
うちの聖女様はどこに出しても恥ずかしくない自慢の聖女様で可愛い普通の女の子だから。
私の言葉にシエルちゃんは僅かに目を見開き驚いた表情を見せたが、一度の瞬きでまた凛とした顔へと戻った。
「……そう、ですね。先ずはわたくし自身の目で見る必要があるかもしれません」
そう呟き「貴重なお時間をいただき、ありがとうございました」と再び頭を下げて、彼女は私の横を通り過ぎる。
その背中を見送ってから私は胸位ぱいに大きく息を吸いてからゆっくり吐いた。
息が詰まる……緊張感から解放され急に体が熱くなってきた。
手の甲で顎の下を拭えばじんわりと汗で湿っている。
アルカナ鉱山へ向かうのは明日だ。
言葉にできない不安を胸に、私は何も起きないことを祈るしかなかった。
そんな私の様子を、グレン先生が黙って見つめていた事も知らずに。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。




