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41 想定外


「お、いたいた」


 私とイオネル所長が同時に音のした方を向く。

 探したぜ〜、と言いながら入ってきたのはグレン先生だった。

 彼は私がいるのに気付くとまるで旧知の間柄のように片手を上げて挨拶をしてくる。


「イオネル所長の部下になったってマジなんだな」


 それから私とイオネル所長の元までやってくると、物珍しそうに私を見下ろしてきたので小さく会釈しておいた。


「それでグレン教員、一体何の用だ。見ての通り吾輩たちは今とても忙しいんだが」

「あーそうそう、イオネル所長にちょっとお願いがあって」

「はー……吾輩は忙しいのだがな。せっかく御足労いただいたんだ、一応聞くだけ聞いて断るとしよう」


 結局断るんじゃねぇか。

 思わず出そうになった言葉をコーヒーで流し込み物理的に自分の口を塞げば、グレン教員は何故かそのまま私の肩に手を置いてきた。

 驚き、思わず顔を上げる。


「トウコだっけ? ちょっと借りたいんだけど」 


その発言に私とイオネル所長は顔を見合わせ、また同時にグレン先生の方を向いた。

 

「えっ、私?」

「そうそう、あんたに用事だ」


てっきりイオネル所長に用事があったのかと思いきや、どうやら違うらしい。

また荷物運びの仕事だろうか。

グレン先生は近くにあった椅子を適当に持ってくると背もたれを前にし、そこに両肘を乗せて話し始めた。


「単刀直入に言うけど、あんたにはウチの生徒と手合わせしてほしいんだよ」

 

 ウチの生徒……つまり特進クラスのエリートと試合をしろということらしい。

 

「学園的には聖女の方を珍しがってるけど、俺としてはあんたの浮遊魔法の方に興味があってさぁ」

「まぁ珍しいでしょうけど、特別強いとかいう訳ではないですよ?」

「そんなに謙遜すんなよ、ナタさんともいい試合したって聞いてるぜ?」

「ナタさん?」

「ナタナエル副団長だよ」

「……いやぁ」


 グレン先生の向けてくる期待と好奇の視線から逃れるように私は首を傾げ曖昧に笑いながら、視線を明後日の方向へ向ける。

 

 思い出される数ヶ月前の試合。

 あれは事前準備と絡め手を使った作戦だったから完全に私の実力ですとは言い辛い。

 しかもナタナエル副団長にはハンデを付けてもらっており、その上で試合には負けている。

 何よりあのピエールの考えた絡め手は一度きりしか使えない。

 二度目があれば確実に私が負ける自信しかない。


「特進クラスは実際に魔物と戦う野外活動もあるんだ。その延長で今度のアルカナ鉱山への採集にはウチの生徒も連れて行くし、その顔合わせも兼ねてさ」

「うーん」


 正直、全然気が乗らない。

 私が唸ってばかりで中々了承しないからか、痺れを切らしたグレン先生は徐にイオネル所長の方を向いた。


「所長〜フラれそうなんだけど、何かいい方法ない?」


 どうやら私を頷かせられないか、イオネル所長に助言を求めるようだ。

 残念だが私もそう簡単に頷くつもりはない、というか普通に断っていいなら断りたい。

 当然、命令には従わないといけないが今はまだその段階ではないし、粘れるまで粘っておきたかった。

 さっきから黙っているイオネル所長はこの話に興味がなさそうだ。

 助言を求めるのは難しいだろう。


「あるぞ」


 え、まさかの伏兵。

 完全に傍観の姿勢だったイオネル所長はそう言うと、マグカップの中身を一気に飲み干し、自身のかけている眼鏡の縁をカツカツ人差し指で軽く叩いた。

 ……何そのジェスチャー?

 私にはさっぱりわからないが、どうやら意味が伝わったらしいグレン先生が独り言を呟くみたいに控えめな声で「ルキアス?」と言った。


「あぁ」

「……それが何?」

「知らんそうだ」

「えっ、マジ?」


 イオネル所長が黙って頷くと、グレン先生は驚いた後、腕を組み「いやでもまぁ……言わないか、普通」と何故か一人で納得していた。

 私の知らないところで最低限のキーワードのみで意思疎通を図る二人。

 イオネル所長が『知らんそうだ』と言った、つまり私の知らないルキアス団長の何かのことを指して……あ、何か先の展開が読めたぞ。

 嫌な予感がして、恐る恐るグレン先生の方を向けば相手もこちらを見てニッと目を細める。


「うちの生徒と試合して勝てたら教えてやるよ」

「……」


 ず、ずるいなー!!

 私は心の中で叫んだ。

 お互いに何の事かを理解している為、詳しい説明はない。

 だが理解は出来ている。

 つまりルキアス団長の『アレ』とやらを知りたければ試合して尚且つ勝てということだ。

 さり気なく勝利する事までもが条件に付け足されているのが癪に障るが、天才とエリート教員に叶うはずも無く、私は観念して頷くしかなかった。

 気にはなるのだ、仕方がない。



 ■




「──ってな訳で、相手はうちの首席だ」

「よろしくお願いいたします」

「嘘でしょ」


 練習用の木剣を携え、私の正面に立ったのは何とあのシエル・クオーラだった。

 まんまとイオネル所長とグレン先生に連れられてやってきた学内の演習場で、他の生徒に見守られながら私と彼女は向き合っている。

 いやそんな馬鹿な、どんな運命の悪戯よ?

 生徒達は期待に満ちた表情をして、女子生徒の中には首席である彼女に声援を送る者もいた。

 そりゃ一応肩書きは第二師団で異世界人で浮遊魔法とかいう未知の魔法使ってる人間と生徒のトップが戦うとなれば興奮するだろう。

 この生徒の中には第二師団を希望している子もいるだろうに、何だか私が相手で非常に申し訳なくなってきた。

 渡された木剣を四本とも抱えたまま突っ立ってる私よりも、彼女の方がよっぽど騎士らしく見える。

 

「とりあえず適当な所で止めるから、お互い好きなようにやってくれ」


 少し離れた場所に移動したグレン先生はそう適当に言って片手を上げた。

 緩いというか投げやりな言い方にそれで良いのか……と思いつつも、その言葉を合図にシエルちゃんが剣を構えたので、私も慌てて三本を宙に浮かせて一本だけ同じように構える。

 私の浮遊魔法を見てか「おぉ」と生徒達がどよめく声が聞こえた。

 だが今の私には周囲を気にする余裕はない。

 相手は生徒とはいえエリートの卵だ。

 剣術の熟練度は確実に私よりも上……であれば私が浮遊魔法でどれだけ相手を翻弄できるかにかかっている。

 勝てる自信はないけれど、第二師団に籍を置いている身として、そう簡単に負けるわけにもいかない。 


「じゃあ行くぞ〜試合開始〜」


 そう覚悟を決めたのだが、何となく緩い感じで緊張感の持てないまま試合が始まった。

 

「<アイススピア>!」


 試合開始早々、私の周りにあった木剣の内一本が弾かれ地面に落ちた。

 急な出来事に何が起きたのか分からず、驚いたまま木剣から正面へ視線を戻すと、彼女の周りには新しい氷の塊が形成されている。

 そしてそれは徐々に鋭利な形へと変わっていく。


「……は?」

 

 ……待って待って待って、これは予想してなかった。

 背筋に何か冷たいものが走る。

 だが時間は待ってくれない。

 私は再び飛んできた氷槍に声にならない悲鳴を上げながら駆け出した。

 これは完全に私の思い込みによる油断が招いた結果だ。


 魔法使うの、有りなの……!?




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読んでいただきありがとうございます。


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