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40 アレと引き換えに


 ある日突然、異世界へ転移した少女。

 迷いながらも懸命に生きる彼女に手を差し伸べる異世界の王子様。

 互いに心を通わせる二人だったが、そこに婚約者の影が忍び寄る。

 二人は手を取り合い、障害を乗り越え、まだ見ぬ未来へと羽ばたけるのか……!?





「……といった感じですね」

「……恋愛小説の感想か?」

「いえ、現実に起こりそうな恋愛相談なんですけど、どう思いますか」

「自分で言うのも何だがよくその手の話題の相談相手に吾輩を選んだな」


 研修に必要な資材を置きつつ声のした方を向けば、両足をデスクに投げ出したまま、書類を捲る手を止めてイオネル所長はため息を吐く。

 所変わって現在、私は第四師団の人間として大人しくイオネル所長の小間使いとしてあくせく働いていた。

 アルカナ鉱山へ行く際に必要な機材や薬品を木箱に詰めては蓋をして積み上げていく。

 泊まりがけという事もあり積み上がっていく荷物の山。

 まるで引っ越しみたいだ。


「なんだ、てっきりお前とルキアス団長の話かと思ったのだが違うのか」

「今の話の流れで何故そうなるんですか、ナツキちゃんとアーサー王子の話ですよ」

「何だつまらん……ではそのシエルとかいう生徒は『イーグレイ』の人間か?」

「イーグレイ?」


 また聞き慣れない単語が出てきた。

 聞き返せば「知らないのか」と、こちらの様子を伺うようにクッと片眉を上げた。

 私が首を横に振ると、イオネル所長は書類を雑に机に放って足を下ろし、代わりに頬杖をついて口を開く。


「隣国『イーグレイ王国』の事だ。我が国の同盟国であり代々王族同士が婚姻することになっている」

「あー、同盟の繋がりを断たない為に?」

「さぁな政治的なことは知らん、吾輩は興味もないし専門外だ」


 イオネル所長はそういって大袈裟に肩を竦める。

 だが、私の推測は恐らく当たっているだろう。

 国同士の繋がりを強めるのに婚姻関係を結ぶみたいなことは現代でこそ無いだろうが、歴史を遡ればそれなりにあるったはずだ。

 確か戦国時代とかなら人質とかいう意味も含まれていたような気がする。

 あれ、ちょっと待てよ? 

 それが本当ならナツキちゃんとアーサー王子が結ばれるのって結構難しいんじゃないか。

 アーサー王子の気持ちは分からないが、二人は結構仲が良いみたいだし、少なくともナツキちゃんの方は間違いなくアーサー王子に惚れている。

 これが例えばこの国だけの問題であれば何とかなったかも知れないが、他国も巻き込む政治的な話となれば介入も変更もしようがない。


「おい、手が止まっているぞ」


 そのまま考え込んでいればヤジが飛んできた。

 いや、さっきから貴方何もしてないですよね。

 しかも箱から次々に書類取り出して、机の上にどんどん広げていくからこっちはそれも片付けないといけないんですけど。

 そんな不満の目でイオネル所長を見つめる。


「……あのな、貴様をウチに移籍させるのも簡単な話じゃなかったんだ」

「だから黙って馬車馬の如く働けって事ですか?」

「そうして貰えると非常に助かる。他の団長から許可を取るのはそれはそれは苦労したぞ、アンジェラ嬢なんかは特にな……逆にこちらが契約書を書かされるハメになってしまった」

「え、因みにどんな?」


 興味本位で聞いてみればイオネル所長は思い出したくも無いのか、心底嫌そうな顔で苦々しく口を開く。


「異世界人を傷付けない並びに危害を加えない事、心身ともに健康な状態で帰還させる事、医療館で不足している薬草鉱物等の採集に施設機器の修理等々……早い話、暫くの間、我々は程のいい使いっ走りだ。ハァ、全く大きな買い物をしてしまった」

「アンジェラさん凄い」


 契約は持ちかけた側の方が不利になる、みたいな話は聞いたことあるけど逆にこの曲者相手に元を取ろうとするなんて……穏やかな笑顔で条件付け足しまくっている所を想像して苦笑いしてしまう。

 

「わかったならキビキビ働け」

「それが今ちょっと引っかかってることがあって集中できないです」

「……言ってみろ」

「手っ取り早く恋愛における障害を排除する方法とかってあります?」

「何だ惚れ薬でも作ればいいのか?」

「えっ、逆に作れるんですか?」

「アッハッハッ、ハァ……冗談だやめておけ。他人によって作られた感情で結ばれたとて、後に待つのは目も当てられないバッドエンドだろうよ」

「意外とまともなこと言いますね」

「吾輩はいつだってまともだとも。狂っているのは世界の方だ」


 そんな格言みたいなことを言って会話を締めくくったイオネル所長は、自身の足元にある箱を漁りマグカップやらビーカーやらを取り出し机に並べていく。

 何しているのか黙って見ていると無言で手招きをされ、所長の席の近くに誘導された。

 暫く待てば、イオネル所長はビーカーで温めたお湯をマグカップに注ぎ私に渡してきた。

 中を見てみると真っ黒な液体が半分くらいまで注がれている。

 香ばしい香りからしてこれはコーヒーだ。

 

「……ありがとうございます」


 小さくお礼を言って中身を口にすると、イオネル所長は返事の代わりに一瞬こちらに視線を向けて自身もマグカップに口をつける。

 

「まぁ、あの二人の事は知らんがな。それよりも自分のことを気にしたらどうだ」

「……私ですか?」


 私が二口目を含む直前でイオネル所長がそんなことを言った。

 

「何だ自覚が無いのか……いや、お前の方では無く変わったのはあちらか」

「何の話ですか?」

「ルキアス団長だ、あれもまぁここ最近で随分と丸くなったものだ」

「まるく……?」

 

 丸く、丸く……? 

 それは体重的な話では無くて?

 だとしたら鋭角の間違いでは?

 言われた言葉を数回繰り返し、ルキアス団長を思い出してみるが初めて会った時から変わっていないように思える。

 鋭い視線、厳しい態度。氷柱を背負った針鼠。

 第二師団団長という立場に誇りと責任を持ち、不器用ながら部下を大切にしている人だ。

 

「丸く……なったんですか?」 

「あぁ、少なくとも以前の彼奴なら部下の為とはいえ咄嗟にアレを使ったりしなかったさ」


「余程必死だったんだろうな」そう言ってイオネル所長はどこか可笑しそうに口角を上げた。


「『アレ』って何ですか?」

「何だそれも知らないのか」


 先程私がイーグレイ王国について尋ねたときとは違い、何故か今度は意外そうな顔をした。


「え、はい……何ですかそのルキアス団長のアレって」

「ふむ、それはな」


 そこまで言ってイオネル所長はマグカップをテーブルに置き、顔の前で手を組んだ。

 真剣な眼差しに私はごくりと唾を飲み、次の言葉を待つ。


「……」

「……」

「…………内緒」

「えーっ!!」


 教えてくれる流れだったじゃん!ニヤニヤ笑ってんじゃないよ!

 抗議しようとした時、教室の扉が開き誰かが入ってきた。

40話まで何とか書ききれました。

読んでいただきありがとうございます。

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