39 矢印はあっちへそっちへ
グリフロード学園は三年制の教育機関だ。
入学が十五歳、卒業は十八歳、つまり私の知るところの高校と同じという考えでいい。
一、二年で基礎を固めて三年からは外に出て実践を積む。
全寮制で学園の生徒には王族や貴族に名を連ねる者も多く通う。
そして卒業後の進路の花形といえば魔法騎士団、将来のエリートが通う学校。
そんな将来有望な卵を育てる教員も当然選ばれた人間だ。
中でも『グレン・スペサルティン』は優れた教員の中でも特に名前が上がる人物である。
本人が卓越した魔法使いであり『人の姿をした火竜』とまで言われる程、特に火属性魔法については他の追随を許さない。
だが、彼の名がそこまで広まっているのには他にも理由があった。
最年少で師団長へ上り詰めたかの天才『ルキアス・オルトベルガー』の同期でもあり、公式記録では彼に一度も勝つことが出来なかった好敵手。
そして彼は魔法騎士団へのスカウトを蹴って教員職についた変わり者だと。
そこまで語って、少女はフォークを置いてティーカップを持ち上げる。
「……ってことくらいかなぁ、私が知ってるのは」
「なるほどなぁ」
翌日、新しい部屋を充てがわれた私は廊下で思わぬ再開を果たした聖女ナツキちゃんと学園内の食堂で朝食を共にしていた。
まさか学園で私に会うとは思っていなかったのだろう。
明るく人当たりの良いナツキちゃんは既に学園に馴染んでおり、いつもは特に中の良い友人数名と一緒に行動しているらしいのだが、その友人の子達が私に気を遣ってくれたので今は二人で食事をとっている。
私はこれを好機と考えた。
同じ異世界人とはいえ、私よりもこの学園内の出来事に詳しいナツキちゃんへ、グレン・スペサルティンという教師について聞いていたのだ。
彼とは昨日は軽く挨拶をして終わったが、話を聞くにグレン先生とルキアス団長はライバル関係との事だった。
しかし正直私は腑に落ちない部分がある。
バチバチしているというより、あの二人はトゲトゲしている。
しかも見る限りグレン先生が一方的にだ。
ライバルというにはグレン先生の態度が攻撃的すぎだった気がしてならないのだ。
私も生涯においてライバルとかいなかったけど、漫画とかである程度は理解しているつもりではあるので、そういうのってもっとお互いの力を認め合っている関係だと私は思った。
「そういえばトウコさんがここに来た理由聞いてなかったんですけど、ルキアス団長のお手伝いですか?」
「誘拐されてきたんだよ第四師団の団長に」
「えっ……!?」
「因みに今は色々あって期間限定で第四師団所属になってる」
ジャムを塗ったトーストを齧りながらそう告げれば、ナツキちゃんの瞳は好奇心から憐憫へ変わる。
「トウコさんって、もしかして巻き込まれ体質だったりします?」
「その可能性を最近否定できなくなってきたんだよね」
はは、乾いた笑いを誤魔化すように紅茶を一口。
何でだろう、元の世界ではそんな事無かったはずなんだけどな。
こっちの世界に来て要らない才能が開花したんだろうか。
本当に要らないから今すぐクーリングオフしたい。
「ナツキちゃんもグレン先生の授業受けたことあるの?」
「私は一般なので無いですよ、グレン先生は特進クラスの先生なんです」
「特進クラス?」
そういえば元の世界でも私立の高校とかだとあるんだっけ。
特に成績の優れた生徒を集めたハイレベルクラスみたいなやつ。
「はい、そうですね例えば……あっ」
「ん?」
辺りを見回していたナツキちゃんの目がある一点で止まる。
私もトーストの最後の一口を咀嚼しながらその視線の先を辿ると、そこには一際目立つ生徒がいた。
彼女が一人で座っていたからというのもあるのだろうが、それでもどこか近寄り難い雰囲気がある。
纏っている制服はデザインが少しナツキちゃんや他生徒と違いレースなどの装飾が多く見受けられ、少し青みがかった銀髪と吊り目だからかどこか厳しく凛とした印象は、まるで御伽噺に出てくる少女騎士だ。
そして驚いたことに彼女の印象的な青い瞳は真っ直ぐこちらへ向けられている。
まさかこっちを見ているとは思わず、固まってしまったが、彼女はその後すぐに席を立ち食堂を出て行ってしまった。
何だったんだ、あの美少女は……服装の違いから恐らくあれが特進クラスというやつか。
ゴクリとようやく口の中のものを飲み込めた私は正面のナツキちゃんへ恐る恐る話しかける。
「今のがもしかして……?」
ナツキちゃんは気まずそうに小さく頷いた。
「はい、シエル・クオーラさんです。特進クラスでもトップの成績なんだとか……」
特進クラスのエリート中のエリートてことか。
確かにオーラから違ったもんな。
「はぇ〜すごいね、住む世界がまるで違うな」
思わず感心して声を上げる。
ナツキちゃんは頷いてはくれるものの、その表情は先ほどと打って変わって暗いものだ。
「どうしたの、あの子と喧嘩でもしたの?」
「いえっ違うんです……そもそも特進クラスの子とは、アーサーくん以外関わりがなくて」
「アーサー王子は特進クラスなんだやるなぁ未来の王様。でも逆にアーサーくんとは関わりあるんだ?」
「アーサーくんはお昼休みとか放課後によく会いに来て……って今はその話はいいじゃないですか!」
ふーん、わざわざ会いに来てくれるんだ。へー、ふーん、ほーん。
思わずニヤける口元を押さえるが、ナツキちゃんは頬を赤らめて恨めしそうに私を睨む。
私は軽く謝りつつ話を元に戻した。
「で、さっきのシエルさんとは何かあったの?虐められた?PTAに報告する?」
「いえいえそんな! 虐められては無いんですよ、ただ彼女にずっと……見られてて」
「見られる?」
え、何どういうことだ。
虐めとは違うらしいので安心したが、とりあえず詳細を尋ねた。
「初めの頃は私が途中から入学したから物珍しさで見られてるのかなって思ってたんですけど、何だかそれがずっと続いてて」
「でも特に何か嫌がらせとかして来るわけでも無いのに、ただ気付けば遠くから見られている……うーん、何だろうね」
「それがちょっと……監視されてるみたいで怖くて」
実害が無いとはいえ、ただ見られるのも精神的に色々来るものがあるだろう。
だっていくら美少女であれ、やっていることはストーカーだもの。
思い切ってこちらから話しかけるのはどうか、いや相手が攻撃的な人だった場合ナツキちゃんが傷つきそうだしな。
しかも見るからに何処かの権力者の娘さんだろう。
大事にした場合、王国の聖女という立場的であってもこっちの方が不利になる可能性も否定できないので迂闊に行動するのも難しい。
「でも、その……私としては彼女の気持ちも分かるっていうか……」
「んん?」
何とかしてあげられないか考えあぐねていると、ナツキちゃんがまるで彼女の肩を持つようなことを言い始めた。
「彼女はその、一般クラスでの噂なんですけど」
「うんうん」
ここは急かさずに黙って聞いていたほうがいいだろう。
私は食事を再開するためフォークに手を伸ばす。
「彼女、アーサーくんの婚約者……らしくて」
「おっとぉ」
ぼとり。オムレツが皿へ戻ってしまったがそれどころではない。
まさかの展開に私は口元がひくついた。
驚きだけではなく、ナツキちゃんには申し訳ないが、波乱と好奇心で私の胸はドキドキである。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




