03 あの日の騎士
「トウコさん」
「ア、アンジェラさん!?」
「ふふっ元気かしら」
「は、はい! おかげさまで!」
予想外の来客に、思わず大きな声で返事をしてしまった。
倉庫屋敷の裏にある畑で育てている野菜に水をあげていた時の事だ。
名前を呼ばれ反射程に振り向けば、そこにアンジェラさんが立っていた。
風に揺れる花のようなゆったりとした動きで、私に手を振っている。
一応何かあれば直ぐに頼るように言われたが、体調も精神面にも問題はないので、アンジェラさんとは最初に会ったあの日以降、顔を合わせていなかった。
「今日はどうしたんですか?」
「あなたに会いに来たのよトウコさん」
慌てて水やりを止めて駆け寄れば「ちょっと息抜きにね」と言ってアンジェラさんは私に紙袋を差し出してきた。
受け取るとほんのり暖かい。中身を見れば甘い香りに艶のある焼き色が目に入った。
おぉ、と思わず感嘆の声を上げてしまう。
アップルパイだ! これはヘルマンさんも喜ぶ。
手ぶらで来てもらって全然いいのだが、甘いものは個人的に大歓迎。
最近、城下街にできた焼き菓子のお店の物らしく、直ぐに売り切れてしまうんだとか。
「喜んでもらえたようでよかった……実はね、今日はあなたに紹介したい人がいるの」
「紹介したい人?」
それが誰なのかを尋ねるより先に、アンジェラさんは後ろを振り返る。
私もつられるようにその先に視線を振り向けば、見慣れた顔と見慣れない顔。
忘れる筈がない、私がみっともなく縋った美少女が、あの日とは違う姿でそこに立っていた。
「改めて、初めましてトウコさん。私は瑠璃川夏樹です」
「ど、どうも、トウコです……宇喜多冬子です」
聖女様ことナツキちゃんは、私が吃りながら何とか自己紹介をすれば満面の笑みを返してくれた。
胸元にリボンのついた、ドレスよりもカジュアルだがどこか上品な服装は、彼女の通う学園の制服らしい。
ナツキちゃんは十七歳だった事もあり、聖女としての仕事の側、学生として多忙な日々を過ごしているそうだ。
未成年がヘトヘトになって頑張っている話を聞くと、成人して仕事のない窓際族みたいな生活をしているのが何だか恥ずかしくもあり後ろめたく思ってしまう。
それからチラリと彼女の背後の人物を見る。
ナツキちゃんと一緒にやってきた護衛の騎士は、ピエールと比べても大柄でがっしりとした体つきをしており、黒髪に金色の目がどこか獰猛な獣を彷彿とさせる。
顔に傷があるものの、それを含めて魅力的に感じるほど顔が整っている。
私と目が合うと彼はニッと笑顔を向けてくれた。鋭い犬歯が特徴的。
「お初にお目に掛かる。トウコ殿、俺は第一師団団長のレオナール・ギュンターだ」
「初めまして、トウコです」
なるほど……これがワイルド系イケメンってやつか。
それにしても王城からも離れているこんな場所へ態々どうしたのかと聞けば、ナツキちゃんは一度私に会ってきちんとお礼を言いたかったのだと言う。
「お礼?」
「あの時、私のことを庇ってくれたでしょ?」
「あ、あー……」
「だからちゃんとお礼が言いたっかの。トウコさん、ありがとう!」
「い、いやぁそんな……ははは」
あれは庇ったというか、恐怖で縋り付いていたが正しいんだけど。
結局、それは言い出せなかった。
その日は先に遊びに来ていたピエールも交えてアップルパイを食べながら、普段より賑やかなお茶会を楽しんだ。
以降、少しずつアンジェラさんやレオナールさん、ナツキちゃん、そしてピエールと交流する機会が増えた。
ヘルマンさんは静かなのも好きだが人が訪ねてくるのも大好きらしく、いつも楽しそうに来客をもてなしている。
──更に数日後。
この世界での生活にも慣れてきた頃だ。
「おーい、トウコー!」
「ピエール?」
太陽が真上にある。時刻は丁度お昼時。
アンジェラさんから貰った薬草にも使えるという花に水をあげてると、遠くからピエールが手を振りながら駆け寄ってきた。
私の目の前にやってくるや否や、腰に手を当て何か嬉しそうに顔を綻ばせる。
走ってきたのに息を切らせていないのは、流石騎士と言ったところだろうか。
「悪いけどピエールの分のご飯はないよ」
「えー!って違う違う、今日は俺が誘いに来たんだよ」
「誘うって、何に?」
首をかしげた私に、ピエールは親指を立て、今来た道を後ろ手に指さした。
「ランチに、だよ!」
ヘルマンさんに断りを入れれば「行っておいで」と笑顔で送り出された。
「食堂の食事も美味しいよ」とヘルマンさんのお墨付きなのでちょっと楽しみ。
騎士団の施設には彼らの家に当たる居住施設とは別で食堂がある。
団長や副団長といった、階級の高い人は普通使用しないらしいが、ピエールはワイワイみんなで食べるのが好きらしく偶に来るらしい。
「ピエール副団長、いらしてたんですね!」
「お疲れ様です副団長」
「はーい、お疲れ様ー」
だからだろうか、恐らく部下らしき人達はピエールに笑顔で挨拶をしている。
「俺のことは気にしないでね〜」と言いながらヒラヒラと手を振る彼を見ると、普段の友人の距離感では気づかないが本当に偉い人なんだなと実感した。
時折、視線を感じつつも料理を取ってピエールの後に続く。
「ここでいっか」
「うん、ありがとう」
ピエールは私に気を遣ってくれたのか、一番奥にある窓側の席に案内してくれた。
明らかに団員じゃない人いたら気になるよね、しかも男ばっかの空間に女一人は嫌でも目立つか。
しかし気にしてもしょうがない、今は食事に集中しよう。
メニューはシチューとパンだ、もちろん好きなので冷める前にいただこうとしてスプーンを手に取った
「──失礼、ここ空いてるかな」
その時だ、声をかけられて顔を上げる。
藍色の髪にどこか既視感のある優しげな目元のイケメンがこちらを見下ろしていた。
なんと答えようか困っていると、隣で既にパンを口にしていたピエールが代わりに答えた。
「どうぞ〜」
「お前に聞いたわけじゃないぞ、ピエール」
「ど、どうぞ」
「あぁ、ありがとう」
そうお礼を言って彼は私の向かいの席に座った。
「当然すまない、迷惑だったかな?」
私が首を横に振れば彼はホッと安堵の息をついた。
「自己紹介がまだだったな、俺は第一師団のオスカー・フィーレンスと言う」
「はじめまして、トウコです……あれ?」
第一師団と言うことはレオナールさんの部下ということだが、私が気になったのはその後だ。
フィーレンス? 何か聞いたことあるな…………あ!?
優しげな目元に感じていた既視感の正体に私はようやく気づいた。
「もしかして、アンジェラさんの?」
「ふふっ……姉がいつも世話になっている」
「いえ、お世話になってるのは私の方です」
慌てて頭を下げれば、彼はアンジェラさんによく似た柔らかい笑みを浮かべた後に「元気そうでよかった」と言った。
何か含みのある物言いだ。どう言う意味だろうと尋ねるより先に、すっかり蚊帳の外になっていたピエールがパンを咀嚼しながら代わりに答える。
「ング……こいつ、初日にトウコに会ってるらしくてさ、何か、怖がらせたとかで、ずっと気にしてたんだよ」
ピエール、説明してくれるのはありがたいけどお行儀悪いぞ。
いやそんなことよりも初日に会った件についてだ。
初日というのはつまり、私が異世界に召喚されて直ぐの日のことだろう。
私が気絶するより前に会った人なんて、私達を召喚した貴族と、怪しげなローブ集団と乱入してきた……ナツキちゃんに手を伸ばしてきた騎士だ。
暗くて顔はよく見えなかったが、恐らくそうだ。
……っていうか百パーセントそうだ!!
「……あの時はとんだご無礼を」
ずるずると重くなる頭を重力に従って下げれば、慌てた声で「頭を上げてくれ」と言われた。
「私の方こそ怖がらせてすまない。姉から話は聞いていたが、大事無いようでよかった」
「はい……お陰様で」
「慣れない生活で困ることもあるだろう……何かあれば遠慮なく相談してくれ、できる限り力になるよ」
「え、本当? じゃあオスカーのパン貰っていい?」
「お前には言ってないぞピエール」
伸ばされた手をオスカーさんは笑顔で叩き落とし、ピエールは大袈裟に痛がりながら手の甲を摩る。
そのやりとりに私は思わず笑ってしまった。
この二人はどうやらかなり仲がいいというか、腐れ縁のようだ。
読んでいただきありがとうございます。