38 冷静さを欠くとこうなる
「──では、話がまとまったところで」
イオネル所長は私から顔を離し、私の肩を掴んでくるりと方向転換させると、私の背に手を添えてそのまま軽く押してきた。
「うわっ、とと……え?」
数歩前に進んでから振り返る。
不思議に思っていつつ振り返った先、イオネル所長は私達の後ろを指差しながら言った。
「彼女の部屋が開放的にリフォームされてしまったのでな、新しい部屋の用意はそちらに任せるとしよう」
「あ」
と、思わず声が漏れ出た。その辺の事を忘れていた。
元はといえばそっちのせいでもあると思うのだが、まさかのルキアス団長に丸投げだ。
「了解した、こちらで手配する」
しかし我らが真面目一辺倒なルキアス団長、あっさり了承してしまった。
確かに壊したのは団長だが、相手にだって半分くらい責任あると思うんですが、いいんですかそんなにあっさり了承して……せめて補修費の半分くらい出してもらったほうがいいのでは?
流石に進言したほうがいいか迷っていたらイオネル所長はそのままこちらに背を向けた。
「えっ、えぇ?」
あ、ここで一回解散する感じ?
てっきりこのまま第四師団として連れて行かれるかと思ったのだが違うらしい。
「あの、私は置いていく感じですか」
「心配せずとも置いて行ったりはしないさ、アルカナ鉱山へ向かうのは三日後だ。続きはまた明日話そうではないか」
断じて置いて行かれることを心配している訳ではない。
そのまま愉快愉快と高笑いを上げ、こちらに背を向けたまま数歩進んだかと思えば、何か思い出したように足を止め、肩越しに僅かにこちらへ視線を向けたかと思うと……
「──天才の吾輩とて、貴殿の視界に長く留まることは避けたいからな」
……そんな意味深な言葉を残して、新たな上司は私達の前から姿を消した。
今のは、私ではなく後ろにいる団長に向けた言葉だ。
どういう意味か分からず、しかし触れていい話題かも分からないので黙ってルキアス団長の反応を待っていれば、彼は短く息を吐くと「行くぞ」とだけ言って半壊した私の元部屋へ歩き出した。
会話は無く、ギシギシと老朽化した木の軋む音がやけに大きく響いた。
「あの、団長」
「どうした」
「助けていただき、ありがとうございます」
「あぁ」
「その、すみません色々と……私の部屋があんな風になったのも、元は私のせいでもあるというか」
「気にしなくていい」
「いや、でも……」
壁のない部屋の中に再び足を踏み入れ、そこからドアを開けて再び人気のない廊下へ出る。
黙々と歩を進める団長の後ろでしょぼしょぼと体を縮めて謝罪をすれば、団長は前を向いたまま「ここは旧校舎だ」とだけ言った。
「え? 旧校舎?」
「そうだ、元々使われていない。今後、取り壊して改装が行われる予定だ」
団長は「まだ先の話だが」と最後に付け加えた。
あー、成る程。合点が入った。
通りで私にあてがわれた部屋も埃っぽかったし、通りで生徒や教師とすれ違わない筈だ。
まさか私が倉庫屋敷で暮らしてるから倉庫っぽい部屋に案内したとかじゃ無いよね?
「イオネル所長は僕が咄嗟に──……あぁする事を見越して、わざと君をあの場所へ連れて行ったんだろう」
「あ、あぁー」
元々壊してもいい場所なら、確かにルキアス団長が破壊しても問題にはならない。
「えっと、つまりイオネル所長はルキアス団長が助けに来ることを知った上で、あの場所に私を誘導したことになりますよね」
「そうだな」
「でも何でそんな事を?」
少し距離を詰めてその表情を窺えば、ルキアス団長は不愉快そうに眉を寄せていた。
「僕の慌てた様子でも見たかったのかもな」
それは有り得そうだな。
脳内にイオネル所長が「イーヒッヒッヒ!」と悪魔みたいな顔して笑っているところが浮かんでは消える。
「慌てたんですか団長」
特に何も考えずにポロッとそんな感想が出た。
へー、冷静沈着な団長でも慌てることってあるんですね、無表情だから全然分かんなかったです。というか人の慌てる姿を見る為にあそこまでするとか、手間がかかっているというか何と言うか……悪趣味でなんですね、見たまんま。
あれが私の新しい上司とか世知辛いなぁ、なんて。
そんな軽口を返そうとしたのだが、急に団長が足を止めた。
「あれ? 団長?」
不思議に思いつつ回り込んで正面から顔を見て、私は固まる。
ルキアス団長はいつもより目を見開き、私の顔を見るや否や、また何時もみたいに目を逸らして何か考え込むように口元に手をやった。
予想外の反応に私も黙ってしまい、そこで会話は途切れる。
ちゅんちゅん、可愛らしい小鳥の囀りと鈴を転がしたような笑い声。
声のした方を向けばこの学園の生徒であろう、ナツキちゃんと同じ制服を着た女の子達が談笑しながらどこかへ歩いて行く。
ルキアス団長はといえば「そうか……だから……」とか何とかぶつぶつ言っているが詳しいことは分からない。
何かまずい事でも言ってしまったか。
……ハッ! もしかして冷静さを欠いた事を気にしている?
「団長、団長、別に咄嗟のことで慌てるなんて人間誰でもそうなりますよ、私の身を案じて急いでくれたんですよね。部下を大事にする良き上司に恵まれて私は幸せです」
ややオーバーかもしれないが、何とかフォローしようとわちゃわちゃ手と口を動かす。
ここで言い訳をしておくと、私も必死だった。
その結果。人間、熱が入り過ぎると余計な事まで口にしてしまうので、やはり冷静さを欠くべきでは無いなと、私は身をもって実感する事となったのである。
「自分の部下があんな情けない悲鳴上げて助けを求めてたら、誰だって旧校舎の壁の一つや二つ吹き飛ばしますって!」
「──誰が壁を吹っ飛ばしたって?」
「そりゃルキアス団長が私を助ける、ため……に?」
あれ、いま私誰に何言った?
その声にハッとして周囲を見れば、いつの間にか授業終わりの生徒達が遠巻きにこちらを見てはヒソヒソと隣の友人と何か話したり訝しげな視線を向けていた。
うん、めちゃくちゃ不審者を見る目だし注目浴びてるし、これ間違いなく私のせいだわ。
しかもこんな大勢の前で『第二師団団長が旧校舎の壁ぶっ壊しました』って宣言してる訳でしょ?
もうフォローじゃ無いよ。とんだ裏切りのユダだよ私は。
「へぇー、成る程なぁ」
誰かの失態を嘲るような、そんな笑いを含む声がした。
生徒達が自然と道を開けた先、私の目に写ったのはまず初めに赤だ。
一つに束ねられた燃えるような真っ赤な髪が猛獣の尾のように揺れている。
その男は周りの生徒達を面倒くさそうに「散れ散れ」と、虫でも追い払うみたいに手を振りながらこちらへ歩いてきた。
他の生徒もそれを見てこちらを気にしながらも大人しく指示に従って離れていくのを見るに、恐らくこの男は学園の教師だろう。
「んで? ルキアス、お前旧校舎吹っ飛ばしたんだって?」
「そうだ」
「……オイオイ冗談だろ? お前が? たった一人の部下の為に?」
「あぁ」
「ふーん……」
元の調子を取り戻したルキアス団長の簡素な返事に、赤い男は興味なさそうな相槌をしてからその真っ赤な瞳が私の方へ向けられた。
轟々と燃える明るい炎のような瞳が品定めするように上下する。
「あんたが情けない悲鳴を上げて助けを求めた部下?」
「はい、情けない悲鳴を上げた部下です」
そこ切り取らないでもらいたかったけど事実ではあるので、正直にそう自己紹介すれば男は私の反応が意外だったのか目を丸くすると声を上げて笑う。
「ふっ、アッハッハ!何だそれ、お前面白いな!ピエールといいお前の部下はユーモアのある奴ばっかりだな……お前とは違って」
「……」
「はっ、だんまりかよ」
え、何、その嫌味っぽい発言。
間違いなく一瞬空気がピリついた。
随分と親しげに話していたので仲がいいのかと思いきや、最後の言葉には明確に敵意とか嫌悪が篭っていた。
「俺はグレン、『グレン・スペサルティン』だ。ここの教師で……」
しかし、私の疑問を他所にグレンと名乗った教師は、親指をルキアス団長へ向けてニッと好戦的な笑顔で言った。
「首席様の同級生だ」




