37 欲張りは両方を取る
誰も知らない人事異動。
ルキアス団長も驚いているのか、その表情からは読み取れないが私と同じく黙っている。
「理解できたかねルキアス団長」
「……理解はした」
「分かったならさっさと……おや?」
「……」
「何だ、まだ何かあるのか」
私の新しい上司(期限付き)ことイオネル所長は説明は終わりだと言わんばかりに契約書を取り上げると雑に丸めると私へ手を伸ばしたが、ルキアス団長はイオネル所長との間に割り込んだまま動こうとしない。
イオネル所長の紫色の瞳がジロリと鬱陶しそうにルキアス団長へ向けられる。
しかし彼は動こうとはせず、静かに口を開いた。
「……彼女の力が必要な有事とは何だ」
「ん? あぁ、黒水晶の採集だ。彼女の力は安全かつ迅速に鉱石を運ぶのに適しているからな」
「前回は彼女無しでも行えていた筈だ」
「今回は量が違うのだよ、それに採集場所もな。以前よりも奥の方へ採掘に行けばより大量の黒水晶を確保できることは確認済みだ」
だがそれでも動こうとはしない。
イオネル所長は理解できないと言った顔で腕を組み首を傾げた。
「団長殿? 先程、理解したと確かに言ったよな?」
「理解はしたが了承はしていない」
この返答には驚いた。
今ルキアス団長めちゃくちゃ屁理屈っぽいこと言わなかった……?
会話が途切れた二人の間を風が通り抜ける。
ひゅう、とどこか物悲しい音と共にカラカラと破壊された建物の木片が転がる。
そのまま黙していれば「何とかしてくれ」と、まるで助けを求めるように何故かイオネル所長は私に視線を向けてきた。
いや、そんな目を向けられても庇われている側なので助けるに助けられないというか、そもそもこの状況でそっちの味方をするのもおかしいだろう。
なので無理です。正直に目だけで訴えかければイオネル所長は諦めたのかやれやれと肩を落とした。
「ハァー……聞かん坊の相手をするのは疲れるな。我輩が気に入らんのは理解しているが、これはもう決まったことだ」
そう言いながら不意にイオネル所長の視線が私に向けられる。
「我輩は契約書を手に入れ規則に則って行動している訳だが、貴殿の行動はその妨害をしている」
私は意地の悪い第四師団の所長が何をしたいのかが理解できてしまった。
片眉を上げ挑発的な口調で、ルキアス団長に話しているようで私に話しかけている。
「団長、副団長で揃って反省文でも書いてみるかね?」
あ、この人、私に選ばせる気だ。
このままだとお前の団長は規則違反を犯す事になるぞ、それが嫌なら自分の足でこっちに来い、と脅している。
なんて奴だ誘拐犯の癖に! いや規律は犯していないから誘拐じゃないのか?
もうよく分からないけどなんて嫌なやつ!!
ぐぬぬ……と唇を噛み睨んでみるがそんな事をしたところで私に選択肢なんてない。
自業自得な面もあるピエールだけが反省文書くならまだしも、団長にそんな事はさせられないし、万が一そんな事になったら普通に心が痛む。
でもなぁ……行きたくないなぁ!!
このイオネル所長という男の手の平で転がされるのも嫌だが、ここで頷いたら何というか第二師団を……ルキアス団長を裏切った気がしてしまう自分がいる。
「トウコ」
団長の声は色々と考えていた私の頭にスッと入ってきた。
名前を呼ばれ、腕を引かれて立ち上がればルキアス団長が真っ直ぐこちらを見ている。
こうして真正面から目を見て話す事はそうなかった気がする。
「君はどうしたい」
「えっ?」
「この件については君の好きにしてくれていい。責任の所在については君が気にする事ではない」
団長は人の目を見て話そうとしない。
目が合ってもすぐに逸らされる事がほとんどだ。
理由はわからない。単に人見知りなのかもしれないが、今の彼は私を真っ直ぐ見たまま静かに私の選択を待っている。
「何を選んでも、変わらず君は僕の部下だ」
私個人としては行きたくなかった。
理由はこのマッドサイエンティストの元に行けばどんな目に遭うか不安というのもあるが、第二師団以外を選ぶことが、私を認めてくれた彼らに対する裏切りのように思えてしまうから。
だが、その憂いは晴れた。
ルキアス団長は私を自分の部下だと言ってくれた。
「……ルキアス団長」
「あぁ」
「私、イオネル所長の所でお世話になります」
お陰で私は団長の規則違反を防いだ上で、私の気持ちを優先できる。
ポジティブに考えれば第四師団の元で新しい経験や発見があるかもしれない。
そしてそれがこれから先に行かせるかもしれない。
「正直不安ではあるんですけど……よ、他所で経験を積むのも、アリかなって……!」
「そうか」
結局言い訳っぽいことを口走ってしまったが、ルキアス団長は変わらず無表情で一つ頷くと、私とイオネル所長が向き合えるように道を開ける。
手の平で転がされたわけでも誘導されたわけでもない。
あくまでも私は自分でどうするか選んだのだと、新しい上司に私は意趣返しのつもりで可能な限り意地悪く笑ってみせる。
「暫くお世話になりますね、イオネル団長」
「……成る程な、吾輩はどうやら君達を見縊っていたようだ反省しよう」
態とらしく『団長』の部分を強調して彼の嫌がっていた呼び方をしてみせれば、何故か驚き目を見開いていたイオネル所長は直ぐに私の意図に気付いたのか一度の瞬きで表情を切り替え、初めて会った時のように腰を曲げて顔を寄せてきた。
「フハハ! 期限付きだがよろしく今まで通り仲良くやろうではないか」
「や、だから別に仲良くはないですよね会ったの数時間前だし」
「それと我輩のことは所長と呼びたまえ浮遊魔法……いや、トウコくん」
見上げるほどに背の高い不気味な期間限定の上司。
覚悟を決めて向き合ってみると……存外、恐怖や嫌な気持ちは湧いてこなかった。




