35 グリフロード学園
時は戻って現在。
以前、豊穣祭でフォールクローの街を訪れた際もこうして馬車の荷台で揺られていたが今回は前回とは訳が違う。
誘拐された上に拘束されているのだ。
一体自分はこれからどうなるのだろうという不安に押しつぶされそうになりつつも、まぁなるようにしかならないなと思ったり、気分が上下するのは恐らく誘拐という初めての体験に気が動転しているからだ。
なんとか心を落ち着けようとして状況を整理する。
あの怪しすぎる長身の男、私を攫った誘拐犯。
名前は長過ぎて全部は覚えられなかったが確かピエールには『イオネル所長』と呼ばれていた。
そして本人は自分を第四師団団長だと名乗っていた。
団長なのに所長と呼ばれていたのはよく分からないが、そこは一旦置いておこう。
この国の魔法師団に第四師団があることは初耳だったが、よく思い返してみれば以前食堂でピエールが魔法騎士団について説明してくれていた時に話を遮ってしまったことがあったので、もしかしたらあの時説明しようとしていたのは第四師団のことだったのかもしれない。
今考えても仕方のないことだが、この人が本当に第四師団の団長であれば私が殺されることは無い……筈だ。
……いやでもどうしよう変な実験とかの材料にされたら。
あ、駄目だこれ思考がマイナスに寄ってきた。
「……!」
真っ暗闇のおかげでどのくらい時間が経過したか正確には不明だが、結構な時間が経ってから揺れがおさまった。
僅かに話し声と人の足音が聞こえてきたので、ようやく目的に到着したらしい。
イオネル所長は確かルキアス団長を探す私に「目的地は同じ」と言っていた。
つまり……と、ここで私が答えを出そうとした時、急に光が入ってきた。
誰かが木箱を開けたようだ。
密閉空間の息苦しさから解放され、眩しさに目を細めていれば気付かぬうちに足枷と猿轡が外されていた。
当然、それをしたのはイオネル所長である。
「やあ友よ目的地に到着したぞ。荷台で過ごすのはさぞ退屈だったろうがこれから暫くは刺激的な生活を送れることを我輩が保証してやる。お喋りはここまでにしよう。さ、部屋に案内してやるから着いてこい」
「……」
今の所あんたしか喋ってないだろ。
相変わらず馴れ馴れしく友呼びしてくる男に、私は抗議の視線を送るがそんな僅かな抵抗など一切気にも留めず、手枷に繋がった鎖を引いて迷うことなく歩いていく。
その足取りは軽く、何故か上機嫌で今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
罪人のような扱いに当然抵抗してみるが、その細腕のどこにそんな力があるのか私は散歩を嫌がる犬のようにズルズルと引きずられ、最終的に私の方が折れてトボトボとイオネル所長の後ろを着いていく事になっていた。
辺りを見回せば整備された木々に噴水、壮麗な建物の奥に時計塔が見える。
ルキアス団長に街を案内してもらった時は遠目でしか見ていなかったが、ここは予想通り学園で間違いないようだ。
『グリフロード学園』……剣と魔法を学ぶ為の学校でアーサー王子とナツキちゃんも通っている。
貴族から平民まで才能ある若者が幅広く在籍しており、成績優秀な卒業生の多くが魔法騎士団に入団している。
いわば魔法騎士団の登竜門だ。確かルキアス団長もここを卒業したんだっけ。
裏口っぽいところから建物に入り誰ともすれ違う事なく目的地に到着した。
これだけ大きな建物なのだ。生徒どころか教師にもすれ違わないと言う事は、元々人通りの少ない場所だったのだろう。
だが同じ学内にいることは間違い無いのだから、隙を見て知り合いに助けを求めることも可能な筈だ。
どうにかこの状況から逃げられないか算段を立てながら歩いていれば、長い廊下の突き当たりにある、普段から人の出入りがあまりなさそうな場所の一番奥の部屋に通された。
ベッドに机……必要最低限の物は揃っているが空気は埃っぽく、長年使われていないのが見てとれた。
これは寝泊まりする前に一通り掃除が必要になりそうだ。
日当たりも良く無いからか、部屋も薄暗く何だか湿っぽい。
別にいい部屋を用意しろとは言わないが、せめて人が泊まることをわかっていたのなら掃除くらいして欲しかった。
「ここが今日から君の部屋だ好きに使いたまえ」
「はぁ、そうですか」
「我輩は研究室で寝泊まりしている。後で案内するが他に質問は?」
「帰らせてください」
「却下だ」
当然だが秒で却下された。
肩を落とせばその動きに合わせて手枷の鎖も揺れて音を立てる。
大した重さでは無い筈なのに、ずしりと両腕が鉛のように重く感じて上手く力が入らない。
この手枷が魔力を封じているからだろうか。
「……じゃあ、せめて私を連れてきた理由とか教えてもらえませんか」
「ふむ。それもそうだな」
また却下されるかと身構えたが今度はあっさり了承された。
本来であれば一番最初に聞きたかった事だ。
なにしろ第二師団副団長のピエールと真っ向から衝突して、どう考えても了承無しで、無理矢理連れて来ているのである。
そこまでする必要や緊急性があったという事かもしれない。
内容によっては私も理解できるし納得もする。
ただしこの部屋の掃除は手伝ってもらいたいけれど。
「因みに、先に言っておくが我輩は誘拐などという犯罪行為に手を染めてはいないよ」
「……はい?」
いきなり何を言い出すのかと思わず聞き返せば、イオネル所長はまるでこちらの思考を最初から知っていたように僅かにこちらへ視線を向け「少々面倒で回りくどい手段を取ったがな」とうんざりした口調で言って小さく肩を落とした。
「それでは君をそんな手間をかけてまで連れて来た理由だが……何、そう身構える事ではないよ。単純に君の力が必要だから連れて来たんだ」
「私の力って……」
「浮遊魔法だよ」
言葉にこそしてはいないが「当然だろう?」と彼の態度がそう言っていた。
私の力といえばそうなるのは道理だ、逆にそれくらいしか特別な部分ないしな。
私の力が必要な答えは分かった……では具体的な理由は何だろう。
「だがその前に」
まだ何かあるのか。
今度はこちらから問おうとした矢先、言葉を遮られて思わずそのまま飲み込んでしまった。
イオネル所長は言葉を切って、白衣のポケットに手を突っ込むと何かを取り出した。
そして彼の持つそれに思わず「え」と声が漏れる。
「とりあえず、我輩からの歓迎の一本だ」
この場に不釣り合いな意外な物に思わず手元と、目の前のにやけ面を視線が往復する。
祝いに酒でもご馳走してやる、そんなノリで取り出されたのは一本の注射器だった。




