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33 チャンスとピンチ

 吐息混じりの低い声が、耳元でそう囁いた。

 もしかしたら私がピエール達に夢中で気付かなかっただけかもしれないし、その人物が気配を消すのが上手かっただけかもしれないが、それはともかくとして音も気配もなくその人物は現れた。

 声をかけられ、飛び上がる勢いで振り向いた視線の先、海外のホラーや都市伝説なんかで出てきそうな、背の高い人が腰を曲げてこちらを見下ろしていた。 

 レオナールさんなんかも高身長だが、その人は細身な事もあって余計に大きく見える。

 廊下の明かりと目にかかりそうな前髪が顔に影を作っており、本来柔らかい印象になるはずの丸い縁の眼鏡を隔てた三日月目のさらに奥。

 爛々と輝く紫色が、不気味にこちらを見下ろしていた。


「…………」


 当然、私は絶句した。

 急に背後にデカくて不気味な人が立ってたらそりゃ誰だって固まるくらいするだろう。

 元の世界の世界の動物を紹介する番組で見た、身の危険を感じると固まる動物も私と同じ気持ちだったのかもしれない。

 私の様子を不思議に思ったのか、その人物はゆらりと首を傾げた。

 その拍子に男の長い紫色の髪がサラリと肩から滑り落ちる。


「…………」

「……ふむ」


 そのまま黙りこくっていれば、男は曲げていた背筋を伸ばした。

 それにより顔が離れ、何故か笑顔のまま今度はこちらを見下ろしている。

 何処か蛇が鎌首をもたげている様子に似ていた。

 

「これはこれは申し訳ない。怖がらせてしまったかな?」

「……いえ、大丈夫です」


 口の中で籠るように、殆ど声にならなかったものの相手には伝わっていたのか「それは良かった」と長身の男は頷いた。


「道に迷っているようだから声を掛けさせてもらったんだが」

「はい……えっと、道に迷ってまして……」

「どうやら勘違いではなかったらしいな」

「えぇ、お恥ずかしい」


 そう言って愛想笑いを返しておいた。

 変に心臓が跳ねている。早くこの場から逃げ出したい。

 この時にはもう無意識の内に、目的が『テルミットさんにバレる前に立ち去る』事から『目の前の男との会話を切り上げて立ち去る』に変わっていた。

 

「どうやら杞憂では無かったらしい。それで、何処に行きたいのかな?」

「えっ」


 ──チャンス到来。

 

 今すぐこの場を離れたいと思っていた私に思わぬ所から振ってきた幸運。

 このまま道を聞いてさっさと退散しよう!

 

「あの、ルキアス団長の執務室に用事がありまして」

「おやおや、第二師団団長のお客人だったか」


 男はそう言うと振り向いて、私が今し方歩いてきた道の方を指さした。


「この道をまっすぐ行って突き当たりを左に、そのまま階段を上がって一番奥の部屋が彼の執務室だ。大きな扉があるから一目で分かるだろう」

「あ、ありがといございます……!」


 声を抑えてお礼を言った後に頭を下げる。

 そうしてそのまま、言われた道に戻ろうとした時、ごく自然に手が差し伸べられた。

 握手を求めるように、差し出された手に一瞬動きを止めたが、断るのも失礼だろうし、何より急いでこの場を離れたかったのもあって特に気に深く考えもせず、差し出された手を握る。

 大きく、意外にも暖かい手だった。

 手を重ねればゆるりと、本当に触れる程度の力で握り返される。

 そしてガチャン、と何かがハマる音がした。

 視線を下げると手首に太い金属の輪が嵌められていた。

 

「……え」


 冷たい感触と重さ。そして輪には鎖がついており、その先にも同じような輪っかがぶら下がっている。

 これはまごう事なき手枷だ。

 見上げた視線の先、男は変わらず笑顔だったが、そこにあるのは先程とは違い本性を表した善人には程遠い顔……滅茶苦茶に悪い顔があった。

 ここで私は自らの失敗に気付いた。

 見つかってはいけない人に見つかってしまった……!

 

 何がとか、何故とか、理由は全く分からないがとにかく逃げなければ。

 手枷の付いた方の腕を引くが当然、そんな事で外れはしないし、男は鎖を手放したりもしない。

 いくら細身とはいえ、基本的に男と女ではそもそも力で勝負にならない。

 ならば、と周囲を見渡せば廊下に飾られていた花瓶が目に入った。

 場内のインテリアなんか高すぎて絶対に壊せない、だが花瓶の中の水をぶっかけられれば流石に驚くくらいはするだろうとふんで空いている方の手を伸ばす。

 腕は伸びたりしないので普通は届かないが私なら──

 

「──あれ!?」


 何で!? 浮かないんだけど!!

 おかしい、感覚がない。

 物を浮かせるときのあの何かを掴むような感覚が何も無い。

 魔法と呼ぶには微弱だが、私の武器である浮遊魔法が全く使えなくなってしまった。

 考えずとも手枷の所為だと直ぐに合点が入った。

 そうでなくとも目の前のこの怪しげな不審者のせいだと断言できる。


「ほぉ、やはり浮遊魔法も魔法ではあったな。魔封の手枷で封じられるとは」

「やっぱりかっ!」

  

 不躾にこちらを観察する態度に思わずそう叫んだ。

 ほら見たことか! やっぱりそうだ! コイツのせいだ!

 がむしゃらに腕を引っ張るが、その細い体の何処にそんな力があるのか、まるで巨木に結びつけられているようにびくともしない。

 

「トウコおま、何やってんの!」


 抵抗を続けていれば廊下の先にいたピエール達含む全員がこちらを見ていた。


「ピエール! ぐえっ!?」

「確保した逃げるぞ!」


 私が助けを呼ぶより先に体が引っ張られる。

 そのまま肩に担がれたかと思えば、男は廊下の先に向かって声を張り上げ走り出した。

 第二師団が動くより先に、テルミットさんがポケットから取り出した何かを地面に投げつける。

 するとそこから黒い煙が溢れ出し、煙幕で視界を遮った。

 そして周囲が騒然とする中、男は私を担いだまま走り出した。 

 お腹が圧迫されて苦しく声が出せない、せめてもの抵抗に暴れてみるが足も抑えられ、気付かぬ内に手枷は両手にはめられていた。


 う、嘘でしょ。

 こんな白昼堂々、しかも城内で誘拐事件とか起きるの!?

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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