30 放っておいてほしい
しかしまぁ、結局。
ルキアス団長はその後、少し私と話をしてジョッキが空になったタイミングで席を立った。
「もう十分だ、君も今日はよく休むといい」とだけ言って、颯爽とその場を後にする。
特に引き止める必要も無いのでその背中を静かに見送った。
「さて、と」
私は両手を上げ、背中を伸ばす。
もう十分にお酒は楽しんだ。お腹もいっぱいだ。
このお祭りはまだ続くだろうけど、私は夜の警備も無いのでこの後は完全に自由時間だ。
明日の朝には王都へ戻るのだし、早いところ宿に戻って休もう……と思ったその時。
「トウコさんっ……!」
「うわぁ!?」
突如として背後から駆け足でやってきたナツキちゃんがそのままの勢いで、先ほどまでピエールが座っていた私の正面にやってきた。
何故か未知に対して興奮した表情で、彼女の手にした恐らくジュースが入っているであろうジョッキが揺れて中身が少し溢れたが、そんなことはお構いなしにそのキラキラした目で私を真っ直ぐ見つめてくる。
「ど、どうしたの」
「今、団長さんと一緒にいましたね!」
「え、うん、そうだけど」
「何を話してたんですかっ!」
「えぇー……」
何か凄い期待と勘違いを引っ提げてやってきたナツキちゃん。
流石の私も彼女が何を期待しているか位は理解できるのだが、生憎とお目当ての恋愛的なエピソードは何もないのだ。
……というか何故私と団長が話していただけでそんなに食いつくのだろう。
そんな雰囲気全然無いだろうに……むしろナツキちゃんとアーサー王子の方が正にロマンスの香りがするんだけどな。
ほら、王子と聖女だし。
「あはは、特に何も……普通に世間話だよ」
「世間話って一体どんな?」
「いや本当に普通に当たり障りのない話だよ」
「当たり障りがないって、どんな!?」
食いつきが凄いな。一歩も引かないじゃん。
逃げるにはもう多少強引にでもこの場を脱するしかない。
私は適当に愛想笑いをしながらジョッキに手を伸ばした。
しかしこれが良くなかった、ジョッキなんて置いていけばよかったのに。
スカッと、持ち手に伸ばした私の手は宙を掻く。
えっ、と間抜けな声を上げると、横から私のジョッキを掻っ攫ったその人は、手にしていたボトルの中身をドボドボと注いでいた。
そうして再び満たされた、今にも溢れそうな杯を私に差し出してくる。
「あらぁ、面白そうな話してるじゃなぁ〜い?」
「フェイラさん!?」
不敵に笑うフェイラさん、何故彼女が此処にいるのかは分からない。
しかしそこを考えても仕方がない、今は面倒な事になる前にこの場から颯爽と逃亡するべきだ。
そう思って私がそのまま背中を向けて駆け出そうとすると──
「だめ、逃がさない」
「リンゼルさん!?」
──えっ! 来てたの!?
両手を上げたリンゼルさんが私の逃亡を阻んだ。
何そのコアリクイの威嚇みたいなポーズ。
白い肌がほんのり桃色に色づいており、ふわりと酒の香りがした。
この二人、結構飲んでいるようだ。
そのままジリジリとにじり寄って来た二人に挟まれる形で、私は再び椅子に腰を下ろす事となった。
残念ながら魔法を扱う酔っ払いからの逃げ方なんて知らない。
「恋? ねぇ恋の話?」
左側でニヤァと悪い猫みたいな笑い方をしながらそんなことを言うフェイラさん。
そして右側で私のジョッキに入ったお酒を水みたいに飲み下すリンゼルさん。
「リンゼルさん、お元気そうでよかったです」
「ありがとう。トウコも元気になって良かった」
「はい、お陰様で……」
「でも今はそんな事より、トウコの話」
「えぇー」
あっさり軌道修正された。
「トウコさんとルキアス団長の話をしてたんですよぉ〜」
ナツキちゃんが不敵に笑いながら楽しそうにそう言えば、両サイドの二人がバッと勢いよく此方を向いた。
「ちょっと何、予想以上に面白そうな話じゃないっ!」
「聞きたい、聞きたい」
聞かせろ聞かせろと両サイドから腕を引っ張られ横に揺れる。
若干気持ち悪くなり、黙っていたが、結局三人で話は盛り上がっていた。
憶測やら偏向報道みたいな話が飛び交う中、最終的に私とは全然関係ない話で盛り上がる中で、私は静かに空を見上げる。
都会の空よりずっと綺麗な名前も知らない星々に、私は願った。
多分叶えては貰えないだろうけれど。
明日も朝早いのに、彼女達の熱は冷める気配がしない。
「……宿に帰って寝たい」
その願いが聞き届けられたのかは分からない。
朝、気が付いたら宿のベッドで目を覚まし、何故か一つのベッドに四人でぎゅうぎゅう詰めになっていた。
当然寝不足だ、しかも体が痛い。頭も痛い。
後で聞いた話だが、朝方まで飲んでいたらしいフェイラさんとリンゼルさんは、ハメを外し過ぎた事だけでなく、聖女であるナツキちゃんを宿に帰さなかった事も含めて怒られたらしい。
まぁ、これに関してはナツキちゃんからの擁護もあってそこまでお叱りを受けずには済んだようだ。
翌朝、行きよりも広くなった帰りの荷馬車にて。
ガタゴトと揺れる荷台で膝を抱えて、痛む頭にシクシクと心の涙を流していると「なぁ」と、誰かに声をかけられた。
聞き慣れない声だ。
抱えた膝に顔を埋めるようにしていた状態からのそりと顔を上げる。
馬に乗ったまま近づいてきたのは話した事のない見知らぬ騎士で、格好からして、第一師団の人だと分かった。
「……何でしょうか」
何とかそう絞り出すように言えば、その騎士は真剣な顔で話し始めた。
「アンタ……俺は見てないけど、ノエ副団長と良い勝負したって聞いてるぜ」
「はぁ、そうですか」
こっちの投げやりな返答を機にする事なく、彼はそう言った。
ハキハキと話すのは良い事なんだけど声が大きいので頭に響いて、思わず顔を顰めてしまうが、相手はそんな事気にしていないのか構わずに続ける。
「戻ったら俺と模擬戦してくれよ」
「……」
その提案に思わず、はぁ、と静かに息を吐く。
体が怠くて返事をする気力が湧かない。
何で魔物退治そのものより、その後の出来事の所為で肉体にダメージを負っているんだろう。
「俺、昨日は警備で街に残ってたんだけど、アースドロップ相手にも活躍したって聞いたんだ……お前、得意魔法は?」
私の事を全く知らない人だった。
何か期待したような目で此方を見ているが、その期待には答えられそうにない。
「……浮遊魔法しか使えないです」
「えっ……!?」
「へへっ」
それだけ言って、私は元の姿勢に戻った。
少し休みたい。
……もう暫くは、放っておいてほしい。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
一応キリが良いので、この辺りで第一部【完】という事になります。




