02 普通じゃない浮遊魔法
かたや聖女と聖女じゃない方。
そして私は聖女じゃない方だ。
浮遊魔法しか使えない私は今、王城の敷地内の端っこにある屋敷で暮らしている。
一応建前上『資料館』と名称があるが、本当に必要な記録や書類は王城の中にある別の書庫やら資料室に持って行かれているらしい。
なのでこの建物はもう使われることのない物置、別名『倉庫屋敷』と呼ばれている。
国のお偉方は私の処遇に随分と頭を悩ませたそうだ。
元の世界に戻す方法はないので送り返せない。
補佐官の人には聖女であるナツキちゃんと同じく宮殿内で過ごす事を勧めてくれたが、何の力もない私が王宮で過ごすのは憚られたし、出来れば静かな場所で邪魔にならないようひっそりと過ごしたかった。
それを伝えた結果、私の配属先となったのがこの『倉庫屋敷』だ。
そこには既に人が住み込みで働いていた。
名前をヘルマンさんと言い、本人曰く『隠居の老人』らしい。
昔は王城の方で勤務していたが歳を取り引退を決意した後、望んでここで管理という名の余生を過ごしているんだとか。
幸運だったことは、ヘルマンさんが私の事を歓迎してくれたことだ。
孫のように可愛がってくれるし、魔法やこの国の事も教えてくれた。
管理人と仕事なんて殆ど無いような物で、スマホもゲームもない代わりに異世界転移されて以来、自由に毎日好きなことをして私は元の世界より伸び伸びと過ごせている。
朝昼夜、三食とオヤツ付き残業無しという高待遇。
しかも美味い、旅先の食事が合わなくてストレスになる……なんて話をたまに耳にしたことがあるが、この国の食事はどれもこれも美味しいので良かった。
……だがまぁ、それでも暇を感じてしまう時がある。
暇すぎて死にそう、だなんてサービス残業上等な社畜時代を考えれば贅沢な悩みだろう。
だが感じてしまうのは仕方がないので、そんな時は浮遊魔法の特訓をすることにしている。
浮遊魔法はヘルマンさん曰く厳密には魔法ではない。
属性魔法とは違い魔力の消費は限りなく少ない。
物を浮かせる魔法……遠くにある物を引き寄せたり、投げたりする魔法だが魔力のある人間であれば多少の得意不得手はあろうともできる魔法だ。
私は屋敷内の一室にある部屋から適当に武器を浮かせて外へ持ち出す。
ツーハンデットソード、ハルバート、斧など、私の腕力では持ち上げられないそれらを魔法で浮かせて外へ持ち出し適当に振り回す。
的に見立てた木に投擲したり浮かせて回転させたりして遊ぶのだ。
これが結構楽しい。運動にもなる。食べて寝てばかりだと体に悪いもんね。
他にも大きな岩を持ち上げて積み重ねて一人ジェンガしたりしていた。
浮遊魔法は結構面白い。
生憎自分を持ち上げ空を飛んだりはできないが、重量ほぼ無制限で重いもの持ち放題だなんて地味に便利なんじゃないだろうか。
ま、これって使えて当たり前なんですが。
「いや、それ普通じゃないから」
「え」
マドレーヌを紅茶で流し込んでそう言ったのはピエール・バルト、最近私に出来た友人だ。
金髪に深緑色の垂れ目と困り眉が特徴的で、例に漏れず整った顔立ちをしている。
彼との出会いは一週間ほど前、散歩がてら倉庫屋敷を出て道に沿って特に目的もなく歩いていた時だ。
荷馬車から木箱を下ろそうとしていた彼が転けそうになったところを、思わず魔法で彼ごと浮かせて助けた事がきっかけだった。
驚き目を白黒させる彼を降ろして、急に持ち上げてしまったことを謝罪し、お詫びにと荷物運びを手伝ったのだ。
荷馬車に積んであった荷物を全部持ち上げて「どこに運べばいいですか?」と聞けば、彼とその周りにいた騎士達は、ありえないような物を見るような目で私を見てきた。
最初こそ「いきなり現れて荷物運ぶの手伝うとか言い出したよ怖っ!」と言った感じで不審者扱いされたのかと思い、荷物を運び次第そそくさと逃げるようにその場を後にしたのだが……翌日ピエールは「先日助けてもらったお礼だよ」と、お菓子を手に私の前に現れたのだ。
彼はグリフェルノ王国、魔法騎士団の第二師団副団長という結構高い地位の人物だ。
しかし飾らないフランクな性格だけでなく、私と年が近い事もあって割と直ぐに打ち解けた。
それ以降、彼は多忙の中で度々時間を見つけてはこうして私の元にお茶をしに来るようになったと言う訳だ。
そして冒頭に戻るが、私の素っ頓狂な声に隣に座るヘルマンさんもウンウン頷いている。
「いやいや、だってホラ、浮遊魔法って誰でも使えるんでしょ?」
「使えるね」
「じゃあ……」
「でも俺もヘルマンさんもそこまで重いものは持てないよ」
「木箱一個や、剣一本ならまだしも」
ピエールはそう言って、呆れ顔でテーブルに頬杖をついた。
「トウコよ、ピエールの言う通りじゃ。お主のように大量の剣や木箱……ましてや大岩を積み重ねて遊ぶなど普通はできんのじゃよ」
「大岩?」
なにそれ、と首を傾げるピエールにヘルマンさんが私のやっているジェンガもどきの遊びを伝えれば、今度はドン引きした顔で私を見た。
「……トウコってもしかして結構脳筋?」
「流石に失礼じゃない?」
スッと意味深に手を持ち上げればピエールは降参だと手を挙げる。
ヘルマンさんはその様子を笑い、満足した私はヘルマンさんの焼いてくれたブルーベリーのマフィンに齧り付いた。
ピエール曰く、実は初めて持ち上げられた時は心臓が口から飛び出るくらい驚いたらしい。
モグモグと口を動かしながら自分の手のひらを見つめる。
結局のところ、何か大きな役に立つわけでもないし問題はないだろう。
この時の私はそう思って安心しきっていた。