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28 憶測でしかない

 浮かせて投げる。

 私の視界に捕らえたゴーレムを片っ端から浮かせて投げる。

 ちぎっては投げちぎっては投げ、キャッチアンドリリース合戦だ。

 そんな事を何度も、何十回も繰り返し続けていた。

 バシャバシャと何度も激しい水飛沫が上がる。

 そして私が一塊にまとめたゴーレムを湖に放り込み、上がったテンションのまま「まだまだ!」と叫ぼうとしたその時だ。


「十分だ」


 ポンと、肩に誰かの手が乗せられた。

 見上げるとそれはルキアス団長だった。


 そこでようやく、私は周囲を見る。

 新たなゴーレムは生まれる事なく、攻撃の手を止めた他の団員たちが少し離れた場所からこっちを見ている。

 私は再び前を向いて、そこで遠目にアースドロップが徐々に神殿の入り口の高さまで降りてきていることに気がついた。

 フラフラと高度を下げる姿は、心なしか疲労したようにも見えた。

 まるで肩で息でもするようにチカチカと点滅している。


「聖女様」


 ルキアス団長が振り向き名前を呼ぶとナツキちゃんは「は、はいっ!」と緊張した様子で返事をして此方へ歩いてきた。


「浄化の方法は理解していますね」

「は、はい、大丈夫です」

「では」


 ルキアス団長は道を譲るように身を引いた。

 ナツキちゃんは頷くと、深呼吸をして湖と岸の境に立つと膝をつき、祈りを捧げるように手を組んだ。

 何か聖女の儀式的なものだろう。

 私は心の中でエールを送りながらその小さな背中にエールを送った。

 それから十秒もしない内に、ナツキちゃんの周囲に淡いタンポポの綿毛のような小さな光が集まる。

 それはナツキちゃんを中心に周囲へと広がり、最後にブワッと強い風が吹いた。

 思わず身を硬くし目を瞑る。

 そして周囲の騒めきに目を開いた。


「うわぁ!」


 張り詰めていた空気は無くなった。

 どこからか鳥の声が聞こえて、心なしか湖も正気を取り戻したようにキラキラと輝いている。

 先程までは何もない、青々とした草むらだったがあの一瞬で小さな花が咲いている箇所も見受けられた。

 

「……完了したな」


 ルキアス団長の言葉を皮切りに、周囲から歓声が上がった。

 私も感極まりガッツポーズするとピエールがガシッと肩を組んできた。


「お疲れぇ〜、お手柄だなトウコ」


 私も真似をして、ピエールの背中に手を回してバシバシと強めに叩いた。

 ナツキちゃんの方を見れば、いつの間にか近くまで来ていたらしいアースドロップを指先で突いて笑っていた。

 浄化されたことにより、暴走が治ったアースドロップはクルクルとどこか嬉しそうにナツキちゃんの周りを回っている。

 

「まぁ、一番の功労者はナツキちゃんだけどね」


 私達の視線に気付いた彼女は大きく手を振り、その場で子ウサギのように二度小さく跳ねると、此方へ駆け寄ってきた。

 

「もう大丈夫そう?」

「はい! あの子も、もう大丈夫だって」

「え、ナツキちゃん精霊と話せるの?」

「うーん、話している訳じゃなくて、感覚……ですかね」


「こう、感情が伝わってくる、みたいな」と言いながらろくろを回す彼女に私は感心するしかない。

 精霊との交流とか、正に選ばれしものって感じがする。

 話を聞いていると私の肩から手を離したピエールが、何故か疲れたような顔でがくりと肩を落とした。

 

「そんなに疲れた?」

「いや、お前のお陰で楽できた。俺だけじゃなくて全員がな」

「じゃあ何その顔」

「面倒なのはこっからなんだよ」


 私とナツキちゃんは揃って首を傾げる。

 その様子に、ピエールはやれやれと肩を竦め『大変』の理由を説明し始めた。 


「聖女様はアースドロップを無事に浄化、その後に待っているのは何だと思う?」

「何って……」

「それは……」


 私とナツキちゃんは顔を見合わせる。

 

「そりゃ豊穣祭でしょ」 


 私がそう答えればピエールは「そうだ」と頷く。

 それから皮肉っぽく笑うと指を一本立てて言った。


「その手伝いがあんだよ、俺たちには」







 聞いた事のない曲が流れ、それが止まると拍手と指笛の音が聞こえてきた。

 私はその様子を横目に見つつ、ちびちびと舐めるようにジョッキに口をつけ祭の雰囲気を楽しむ。

 精霊に感謝を伝える、という趣旨のお祭りなので、もっと厳格な感じかと思っていたが、蓋を開ければ縁日なんかとそう変わらない楽しく賑やかなお祭だった。


 アースドロップの浄化から戻った私たちは、ピエールの思った通り豊穣祭の準備の手伝いに追われ、日の高い内に任務を終わらせたのにも関わらず気がつけば辺りは真っ暗。

 準備を終えた私達も明日の帰投まで最低限の見回り以外の仕事はないので、こうしてお祭りに参加させてもらっている。


「そりゃお前、あれだよ、あれだろ?」

「いや……私が聞いてるんだけど」


 ピエールはほんのり酔っ払っていた。

 目元を少し赤くさせたピエールは地酒の入ったタルジョッキをダンッと少し乱暴に置くと、皿に盛られていた串焼き肉を頬張りながら「ジビハラ」とだけ言った。


「ジビハラ……?」

「ジビエハラスメント」

「新しい言葉作んないでよ。しかも何の捻りもない」

「つーかブラックサーペントの肉なんて俺食ったこと無いんだけど……高級品なのは知ってっけど、旨いのか?」

「ピエールその肉美味しい?」

「最高」

「じゃあそう言うこと」


 ゴクンと肉を飲み込んだピエールは、少しの間を開けて後ろの屋台を振り返る。

 

「……お前こんな美味い肉食ってたのか……なのにジビハラとか……」


「酷ぇ奴」と半目で言われたので「ジビハラ言い出したのピエールじゃんか」と言い返して、私は小さ目のボウルに入ったドライフルーツを口にした。

 甘酸っぱいので口直しにピッタリだ。

 ピエールの方にも小鉢を置いてあげると「あんがと」と言って二、三個摘んで口にする。


 それから暫く私達は互いに口を開く事なく、音楽と人の騒めき笑い声だけを耳にしていたのだが、徐にピエールが「なぁ」と声をかけてきた。

 

 木で組み上げられた舞台には華やかな服を纏った女性が数名集まり、何か踊りを披露するようだ。

 私は舞台から目を離さず返事をした。


「ん、何」

「これ、あくまで推測なんだけどさ」

「……」

 

 私は持っていたジョッキを置いて横目でピエールを見た。

 ピエールの視線は依然として舞台へ向けられたまま、酒のせいでどこかぼんやりとした目と口調で彼はポツポツと話しだす。

 

「団長がお前を森に連れてったのって」

「うん」

「多分あれじゃねーかな、あれ、何っつーんだっけ……治療?」

「治療?」

「そ、トラウマ治療」

「……」


 私はジョッキに手を伸ばして、しかし直ぐに手を引っ込めた。

 トラウマの治療と言われても……私は別にそんなに大きな心の傷はないんだが。

 そもそも森に行って解消するトラウマって何だろう。


「ルキアス団長が私を連れて行ったのって、荷物運び以外になくない?」

「あの人なら別にお前連れて行かなくてもブラックサーペント一匹くらい何とでもなるし……第一本当に唯の狩りなら、狩ったらすぐ戻ってくるだろ」


「狩った獲物をその場で食おうとする人じゃないんだってあの人」そう言いながら、ピエールは指でカツカツとテーブルを叩く。

 

 そう言われるとそんな気がしてきた。

 というか、私よりも遥かに長い付き合いのピエールがそう言うんだからきっとそうなんだろう。

 

 ……じゃあ何故?

 団長はどうして私を連れて行ったのか?


「お前、最近森で大怪我したろ」

「……あー」


 答えを提示したピエールは頬杖をつきながら、呆れたようにため息をついた。


「いや、『あー』って……お前結構図太いな。普通あんな目にあったら森になんか二度と入りたくないだろ」

「いや私は別に……その治療って事……?」

「多分『良い経験』で『悪い経験』を緩和させようとしたんじゃねぇかな」


「憶測だけど」と最後に付け足して、ピエールは空になった樽ジョッキをテーブルの端に寄せた。


 森でバーサークウルフに重傷を負わされた、あの経験を、森で美味しいものを食べたという経験で上書きするのが目的だとしたら。

 真意はわからないが、それなら確かに私に『武器は不要だ』と言ったあれは。

 もしかして『丸腰でも無事でいられた』と言う経験を私にさせるためだとしたら?


 ハッと私は自分の思いつきを鼻で笑った。

 それは流石に私に都合よく考えすぎ。

 そもそもピエールも言ってたけど、憶測に過ぎないんだし、変な期待をしても意味がない。


 ……そう、変な期待だ。


「……いやいや、そんなまさか」 

 

 何となく心臓のあたりがザワザワして爪を立てたくなった。


 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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