24 ダブルでオルトベルガー
散々食べ歩きして、あちこち案内してもらい気がつけば夕方になっていた。
遠くで時間を知らせる時計塔の鐘の音が聞こえる。
私達は最初に通った噴水広場のベンチに座り、街ゆく人々をボーッと眺めていた。
そろそろ私達も帰るべきだろう。
道中でアンジェラさんが以前、お土産に買ってきてくれたアップルパイの店が見つかり、無事に買う事ができた。
これはヘルマンさんへのお土産だ。
他にも雑貨を売っている可愛らしいお店や本屋なんかもあった。
今度はナツキちゃんを誘ってぜひ行ってみたい。
「ルキアスさん」
「どうした」
「今日はありがとうございました」
そうお礼を言って小さく頭を下げると彼は「あぁ」と相槌を打った後で、少し間を開けて口を開いた。
「……君の世界には魔法が無いそうだな」
「えっ、はい。そうですけど」
何の脈絡もなくそんな話を振られ、私は戸惑いながらも返事をした。
「君は、魔法についてどのくらい知っている」
「一応、基本的なことはヘルマンさんに教わってます」
魔法とは大まかに言うと人間が魔力を消費し、現実世界に干渉する事象である。
ナツキちゃんの聖属性の魔法なんかは例外だが、人により属性の得意不得意はあれど、この世界の人間であれば誰でも使えるものだ。
身体機能の一部といってもいい。
一通り、そんな話をすればルキアスさんは「その通りだ」と言った。
「では、君は浮遊魔法についてはどの程度理解している」
「物を浮かせたり引き寄せたりできますよね?」
「あぁ、だがそれだけじゃない」
私はそこで返事に困った。
私の知る浮遊魔法の知識はそれだけだ。
というかそれ以外にあるのだろうか?
魔法とも呼べない魔法、とか……魔力消費がほぼ無いとか答えればいいのだろうか。
返答に困っているとルキアスさんは視線をスッと下に向けた。
すると私の持っていた紙袋が宙に浮いて、そのままルキアスさんの手に収まる。
「このように、浮遊魔法は物体を浮かせる事ができる」
「えっと……はい」
「だが浮遊魔法は生物には適用されない」
「そうなんですか」
「生物の体内には血液と同じように魔力が循環している。それは魔物も例外ではない。生物は魔力の流れによって形状が常に変化している状態だと考えればいい」
「へぇ……?」
「だが、これは魔石と言った魔力の流れが留まっているものには適応されず──」
「えっと……」
「──、……魔力の循環している物は水で、していないものは氷だと考えればいい」
「氷と水?」
「氷を掴んで持ち上げる事は出来ても、水を掴んで持ち上げることはできないだろう」
「あ、あー! やっと理解し……ん?」
そのまま教えられたことを素直に飲み込もうとして引っかかった。
でも私は過去に転びそうになったピエールを浮かせている。
これはどう言う事だろうかと、質問するより先にルキアスさんが私に紙袋を渡しながら「ここからは僕の推測だが」と前置きをして、その先を話し始めた。
「君の重量無視の浮遊魔法は特殊なものだ。ごく短時間であれば生物を浮遊させることも可能なのだろう」
「成る程……」
普通、生物は浮かせられないのか。
そんな事を試す機会もなかったので私自身、気にしたこともなければ気にもならなかった。
だが別にそれを不利とは思わない。
今まで何も知らずにここまで来て問題なかったし、私が気になるのはそんな事より別の部分だ。
「ルキアスさんはどうしてその話を私に?」
「団長として、団員の能力を理解しておく必要があるからだ」
多分だけど、推測とはいえ彼なりに調べての発言だろうと思った。
ただの憶測で物を言う人では無いからだ。
浮遊魔法、シンプルが故に情報はそう多く無いだろう。
ルイアスさんはそんな苦労なんて口にしないが、きっと沢山調べて考えたに違いない。
「……」
「それと……すまない」
突然の謝罪に、私はギョッと目を見開いた。自然と背筋が伸びる。
彼は私から顔を逸らして正面を向いていた。
「君が入院している際に持っていった本についてだ」
「あ、あぁ……あの本……」
あの難しい本について、どうやら今朝、私が起きてくるのを待っている間にヘルマンさんに小言を言われたらしい。
次からはもっと物語っぽい本、娯楽小説とかを持ってきてほしいな。
……いや、もう入院するほどの怪我を負いたくは無いんだけど。
少し冷たい風が吹いて頬を撫でた。
あたりを見ればすっかり暗くなっている。
そろそろ帰ろうと言う事になり、私がルキアスさんの隣を歩く。
行きと同じく終始無言だったが、馬車が見えた所でルキアスさんがふとこんな事を言った。
「三階の一番手前の部屋、左側の本棚を見てみろ」
思わず足を止め「え?」と疑問を口にすれば、彼も足を止めて振り向いた。
「僕の記憶が正しければ、本棚の四段目辺りにそう言った本が並んでいる筈だ」
「じゃあ帰ったら見てみますね……あれ、でも何でルキアスさんがそんな事知ってるんですか?」
「僕は学園に通う前まであの屋敷に住んでいた」
「は?」
思わず止まった足を動かし側まで駆け寄る。
足は動いても頭は動かない。何?どう言うことだ?
「それは、一体どういう……」
「僕は子供の頃、訳あって親元を離れてあの人に育てられた」
「えっ」
「ヘルマン氏……ヘルマン・オルトベルガーは、僕の養父で元第二師団の団長でもある」
「は?」
思わず抱えた袋を落としそうになった。
もう見慣れた仏頂面で「早くしろ」とか言ってるが、こうなってんのはお前のせいだからな。
帰ってからヘルマンさんを問い詰めれば「おや、言ってなかったかの?」とキョトン顔で言われ、第二師団団長だった事について聞けば「昔のことじゃよ」と照れ臭そうに髭を撫でる。
別に褒めたわけじゃ無いんですけど、と喉元まで出かかったが良心が痛んだので、結局それ以上は何も言えなかった。




