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21 おかえりの後で

 私が入院してからちょうど一週間後。

 無事に完治した私が退院したのは。予定していた日の昼だった。

 

「おかえりトウコちゃん」

「はい、ただいま戻りました」


 倉庫屋敷の門の前で二人で笑い合う。

 病院も居心地が悪かったわけではないが、こうやってここに戻ってくると安心する。

 やっぱり自宅が一番だ。

 中に入るとふわりと食欲の唆るいい香りがしてきた。

 恐らくキッチンからだ。

 

「本当はトウコちゃんの好物でご馳走を用意したかったんじゃが、アンジェラ先生に止められてのぉ」

「そんな、十分ですよ。ありがとうございます」


 ヘルマンさんは肩を落とし、がっかりした様子だが、私にとっては自宅で食べるヘルマンさんのご飯は何よりもご馳走だ。

 多分ステーキやらの豪快な肉料理なんかをたんまり用意してくれるつもりだったのかもしれないが、流石に病み上がりにそれはキツイから、また次回に取っておこう。

 そんな事を話しながら廊下を進み、ヘルマンさんに続いて中に入ると意外な人物がそこにいた。


「レオナールさんと、ナタナエル副団長?」

「おーう、邪魔してるぜ」

「お邪魔しています、トウコ殿」


 片手を上げるレオナールさんとその隣で会釈するナタナエル副団長。

 戸惑いながらも向かいの席に着くと、ヘルマンさんは特に気にした様子もなく「二人も遠慮せず食べとくれ」と料理を勧めている。

 私は戸惑いながらもスープを一口だけ口にして、二人にどうしたのかと尋ねた。


「今日はどうしたんですか?」


 考えてみればレオナールさんは何度か遊びに来ているが、ナタナエル副団長がここに来たのは初めてだ。

 そういえば入院中、二人揃って一度は様子を見に来てくれたがそれ以降は会っていなかったな。

 確か次の遠征がどうとかで忙しくしているんだと、第三師団の人から小耳に挟んだ。

 私の質問に答えたのはレオナールさんだ。

 蒸した白身魚を豪快に一口で平らげた彼はニカッと笑う。


「お前が退院したって聞いてな、一足先に様子見に来たんだよ」

「私はそれを口実にサボりに来た団長の回収です」

「あ、そうなんですね」


 レオナールさんの発言に間を開けずナタナエル副団長が続けた。

 ピエールといいレオナールさんといい、各師団は何だか凸凹コンビみたいだな。

 サボり役と諌める役がそれぞれ配備されているのか、バランスは取れていていいと思うけど……第一師団は第二師団と逆で下が上を律しているようだ。

 そしてサボっている側が特に反省とかしないのも同じだ。


「こんなこと言ってるけどな、こいつもお前の事心配してたし、一回此処に来て見たかったみたいだぜ」

「ハハハ団長、その話は今する必要ありますか?」

「照れんなって……ま、これからはナタ共々ヨロシクな」

「はい、お待ちしてますね」

「うむ、トウコちゃんがいない間も人は来ていたが……やはりトウコちゃんがいてくれた方が賑やかで良い事じゃ」


 ヘルマンさんの言葉にちょっと照れてしまったのを誤魔化すようにパンを口に詰める。

 やっぱりクロワッサンは最高だ。

 

「あ、そういえばヘルマンさん。本ありがとうございます」

「ん? あぁ、どうじゃった?」

「いやぁ……私にはちょっと難しかったです……」

「んん?」


 私が苦笑いするとヘルマンさんは難しそうな顔をして、私にその本がどんな物かを聞いてきた。

 なので一度席を立って、ソファの所に置いた鞄から本を取り出し「これです」と持っていけば、ヘルマンさんはムッと眉間にシワを寄せ焦点を合わせるように目を細めるとヤレヤレと首を振った。

 その反応を不思議に思っていれば向かいのナタさんが「失礼」と言って本をヘルマンさんから受け取る。


「あぁ、これは……」

「ん、何だぁその難しそうな本は?」

「そうですね……簡単に言うと魔法と土地の関係性に関する論文です」

「論文、ですか」


 えぇ……魔法の論文かぁ……そりゃ読んでも読んでもよくわからない訳だ。

 何か字がぎっしり詰まっている割に何やら小難しい事ばかり書いてあった。

 睡眠導入剤としては役に立ったけど、面白いかと聞かれたら全力でノーだ。


「ヘルマン氏は、これをトウコ殿に……?」


 三人の視線にヘルマンさんは頭を痛めたような顔でその言葉を否定した。


「いや、儂は何か暇を潰せるような本を持って行けと……はぁ」

「あれ、じゃあこれはヘルマンさんが選んだ訳じゃないんですね」

「あぁ……これはルキアスが選んだものじゃな」

「えっ、団長が……?」


 あの堅物団長が選んで持ってきたのか。

 だとしたら大分センスが尖っているな。

 ルキアス団長って、クリスマスプレゼントに算数ドリルとかプレゼントするタイプか?

 

「すまんかったなトウコちゃん、さぞつまらない入院生活だったじゃろ」

「いえいえそんな、お気持ちだけで十分です」

 

 楽しい入院生活ってのも変な話だけど。

 落ち込むヘルマンさんを慰めていればレオナールさんが「お」と何か閃いたらしく、パチンと指を鳴らした。


「そうだトウコ。お前、明日にでも城下に行って来たらどうだ?」

「城下って、城下街ですか?」

「おう! そこで暇してた分もパーっと遊んでこいよ」


 レオナールさんの思いつきにヘルマンさんだけでなくナタナエル副団長も「それは良いですね」と頷く。

 

「トウコ殿はまだ街へ行かれたことはないのでは?」

「えぇ、無いですね」


 特に不自由したことも無かったしな。

 考えてみれば、この世界の城下街ってどうなっているんだろうか。

 何か話題に出されると気になってきたな。

 

「ホッホッホ、それは良い。せっかくの機会じゃから遊んでおいで」

「じゃあ明日は俺が案内を……」

「ダメですよ団長」

「ちぇっ! じゃあ誰と行くんだ?」


 フォークを口に咥えてフラフラ揺らしながらそう言ったレオナールさんに「行儀が悪いですよ」とナタナエルさんが苦言を呈す。

 だがレオナールさんの言う通りだ。

 この二人は勿論、アンジェラさんも忙しいだろうしナツキちゃんも学校がある。

 ヘルマンさんも髭を撫でながら考えてくれている。


「ナツキちゃんは学校じゃし、オスカー君も病み上がり……かと言って儂が行くのもなぁ」

「え? 私は良いですよ?」

「うぅむ、折角じゃから若者と遊んだ方が……おぉ、そうじゃ」


 パチリと悩ましげに閉じていた瞼が開かれ、ヘルマンさんがこちらを見た。


「ちょうど明日、暇をしとる奴がおるな」

「誰ですか?」


 一瞬ピエールかと思ったが、あれは暇ではなくサボってるだけだし。

 

「それって私の知らない人ですか?」

「ん、んー、まぁ明日のお楽しみじゃな」

「えー」


 マジで誰なんだろう。 第二師団の誰かとか?

 知らない人の休日を私に付き合わせるのは悪いなぁ。

 結局、何故か上機嫌なヘルマンさんは、それ以降何を聞いても教えてはくれなかった。 

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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